この世の欲しを花と云う(続 jump×jump)

○ ページ16

枇杷の実を入れた袋を提げて、電車に揺ら
れ更に郊外へ。
混み合う上り列車とは対照的に、
日曜の下り列車は空いている。
改札を抜け、古びた商店街のもっと先。
しばらく歩くといのちゃんの家が見えてきた。
回りをこんもり木々に囲まれた古い家。
いのちゃんが一人で暮らす家。
インターホンを鳴らすと、奥から聞こえてくるスリッパの音。

「いらっしゃい、裕翔！」

「…………薮くん……」

俺を迎えたのは、ふにゃりとした笑顔だった。
不満気な俺の様子に薮君は困った顔をする。
別に薮君が悪い訳じゃないけど。
俺は、いのちゃんに迎えて欲しかったの。
玄関を抜け、リビングに入ると当の本人は
ソファーに寝そべって本を読んでいた。

「いらっしゃい〜裕翔！
そろそろ来ると思ってたの。
枇杷の季節だもんね…良い匂い…」

手にしていた紙袋から漂う香りにうっとり目を細めた。

「しかし、裕翔も大変だね〜。
伊野尾のお目付け役も。」

俺の後に立つ薮君が言った。
それは、薮君も一緒じゃないか…。
薮君は、いのちゃんの幼馴染。
背が高くて、頭が良くてとても優しい。
俺にとっても“大好きなお兄ちゃん”
だったんだけど…
いのちゃんが一人暮らしすることを薮君だけは知っていた。
俺は、自分に相談のなかった事実を薮君だ
けが知っていたことが嫌だった。
それから妙な嫉妬心が湧いてきて、さっきみたいに冷たく当たってしまう。
今日だって、俺より先にいのちゃんの家に来てるし…。

「ほら〜裕翔！
そんな顔してないでこっちおいで。」

いのちゃんは起き上がり、自分の隣を
ポンポン叩いて俺を呼ぶ。
単純な俺は、嬉しくなっていのちゃんにくっついて座った。
枇杷の実に負けないくらい甘い良い香りがする。

大人な薮君は、俺の馬鹿みたいな嫉妬をあの笑顔で受け流す。
いのちゃんのこと何でも知りたいと願う
のに俺ばかりいつまでも子供だ。

不安から目を背ける様に窓の外に目をやる
と新緑の黄緑が風にさわさわ揺れている。

「この家、ずいぶん色んな木が植えてある
に枇杷の木は無いんだね〜」

何となく呟いた言葉に、いのちゃんは
何故か淋しそうに目を伏せて


「…ここは枇杷が育たないんだよ…
育たない方がいいの…」

言い聞かせるみたいに呟いた。

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