＊ ページ36
いのちゃんが居なくなってしまったあの日から
ぽっかりと空いたまま埋められない喪失感。
彼が“その“際まで確かに紡ぎ遺した言葉ひとつ
ひとつに向き合い、想いを寄せ、精一杯に詩集を
編纂してきた。
詩を通じいのちゃんの生涯を辿る行為は、俺の知らない
過去でさえ今や愛しく大切でかけがえの無い日々だった。
しかしそれを終え、一冊の詩集として完成を迎えた
今になって寂しさは増すばかりなのだ。
「…怖いのかもしれません。
俺はこの詩集にいのちゃんの生涯を込めたつ
もりです。
抱きしめたいほどにいとおしく大切な一冊だ、
だからこそ怖い。
形になったことで過去になってしまった気が
するから、時は流れてしまったのだと否応無し
に認めなくちゃならない気がして。」
込み上げるまま震える様に振り絞った胸の内。
薮君とひかる君はただ静かに聞いていた。
時計の針だけがカチカチと時を刻む。
「…俺とひかるの話は聞いたことがあるだろ。
旧制高校時代からこんな具合だったから真っ当
な道とやらからは当に外れていたもんだ。
触れてはいけない“禁忌“を前にした時、人は
全てを排他する。そういう時代だった。」
薮君とひかる君の視線が静かに絡み合う。
学生服の二人を回顧する時、そこには麦藁帽子のいの
ちゃんもいる。
「伊野尾は何にも変わらなかったよ、
当たり前に俺達を受け入れてくれた。
それがどんなに有り難かったか。
伊野尾はきちんと本質を見極めてくれる、
名を呼ばれる心地良さは俺達も一緒だった。」
“裕翔は裕翔でしか無いんだよ”
いのちゃんの優しい声が聞こえる。
「消えないんだよずっと与えて貰った
月は満ち欠けを繰り返しその姿を変えるけれど
本当は何も変わらない。
新月の晩だって確かに月はそこにある。
何を想うかは人それぞれさ。
その詩集は月にだって成り得ると俺は思うね。」
ひかる君はそう言ってにんまり微笑む。
「さぁ、折角の紅茶が冷めてしまう。
ショートケーキを戴こうじゃないか。
ほぅら、知念もこっちへおいで。」
薮先生は衝立の向こうへ手招きをし、煙草を灰皿に押
し付ける。
いのちゃんの言葉が月になったら、
それはそれは美しいだろうに。
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ぴよ(プロフ) - 梨乃さん» 梨乃さん長い間本当にありがとうございました。何度も読み返したくなるお話を書きたいと思ってきたのでとても嬉しいです。終らせてしまうのは私自身にも寂しさがあったのですがお話もいっぱいになりちょうど頃合いなんだろうなという気持ちです。 (2023年2月5日 12時) (
レス) id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
梨乃(プロフ) - 6年前初めてこのサイトで読んだ作品が浪漫廻廊でした。ぴよさんの紡ぐ言葉が美しくて、何度も何度も読み返したとても印象深い作品です。素敵な作品と出逢わせていただき本当にありがとうございます。 (2023年2月5日 0時) (レス) id: 74d5f2a7dd (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - けーままさん» けーままさんありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです。ずっとずっと私の頭の中にも懸命に生きる彼等が見えますよ⭐ (2023年1月27日 13時) (レス) @page47 id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
けーまま(プロフ) - ぴよさんの文章は本当に素敵です。何回も読み返す度に頭の中で彼等が生きています😌 (2023年1月26日 20時) (レス) @page46 id: 3a21aa44cd (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - 遅くなりました。夏夢さんお元気でしたか？コメントありがとうございます。世界が動いた時にはまた共有したいなと思いながらもご無沙汰しております。穏やかにありたいですね。 (2023年1月25日 13時) (レス) @page45 id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
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