猫探訪すなれば秋 ページ28
金木犀の香りが優しく満ちる秋の日に、
俺はひとり縁側に居た。
湯呑みに注ぐお茶は何度であろうか。
穏やかな出会いの季節、あなたを見送ったあの日か
ら既に３度目の秋を迎えていた。
傍らにあなたの居ない現実をゆっくりと受け入れながら
詩集の編纂に全てを傾けた日々。
遺されたいのちゃん言葉ひとつひとつに触れ、咀嚼する。
そうして遂に詩集が完成したのが先だって梅雨の頃。
美しい表紙に“浪漫回廊”と綴られたその詩集はいのちゃん
の生そのものであり、ようやっと完成を迎えた安堵から俺
はその夏をぼんやりと過ごした。
ミケを撫で、傍らの本を捲っているとまるでいのちゃんに
でもなった様な気がする。
詩集の編纂の参考にとこれまで触れてこなかった純文学に
もすっかり慣れ親しんでしまった。
僅かな焦りを感じ始めたのは熟れた夏が過ぎた頃から。
ふとこうして我に返る時、この先を”生きる”意味を思案す
る自分に気付く。
いのちゃんの想いをこうして形に遺すことが出来たのだ、
どこまでも高い秋の空を見上げてみる。
あなたの居ないこの世の末を見届けるのは
どうしたって果てなく遠い。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか？」
思考を遮ったのは裏木戸から聞こえてきた声。
いのちゃんの友人達を除いて来客等ほとんど無いものだから
思わず首を傾げてしまう。
早々に室内に消えていくミケの後ろ姿を見送った後、
そろりと裏木戸へと回った。
「……あの、どちら様でしょうか？」
「突然の非礼を御詫びください、こちは伊野尾先生の
お宅でよろしかったでしょうか？」
肩が小さく震える。
他人の口からその名を聞くのは未だ苦手だ。
視線の先には見知らぬ年若い青年が立っていた。
縦襟の白シャツにサスペンダー姿、黒渕の眼鏡を引っ掛けて
随分と重そうな茶色の鞄を抱えている。
しきりに汗を拭うその様子から何やら焦っているのだとそ
れだけは分かった。
「私こういうものでございます。」
無言を肯定と受け取ったのか青年はポケットから名刺を差し
出した。
“
「……編集者の方が何の御用でしょうか？」
「不躾な訪問をお許し下さい。
しかし時間が無いのです、このままでは紙面に
穴が空いてしまう。
そんなことになったら……」
頭を抱える青年のただならぬ姿に俺はまた首を傾げた。
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ぴよ(プロフ) - 梨乃さん» 梨乃さん長い間本当にありがとうございました。何度も読み返したくなるお話を書きたいと思ってきたのでとても嬉しいです。終らせてしまうのは私自身にも寂しさがあったのですがお話もいっぱいになりちょうど頃合いなんだろうなという気持ちです。 (2023年2月5日 12時) (
レス) id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
梨乃(プロフ) - 6年前初めてこのサイトで読んだ作品が浪漫廻廊でした。ぴよさんの紡ぐ言葉が美しくて、何度も何度も読み返したとても印象深い作品です。素敵な作品と出逢わせていただき本当にありがとうございます。 (2023年2月5日 0時) (レス) id: 74d5f2a7dd (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - けーままさん» けーままさんありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです。ずっとずっと私の頭の中にも懸命に生きる彼等が見えますよ⭐ (2023年1月27日 13時) (レス) @page47 id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
けーまま(プロフ) - ぴよさんの文章は本当に素敵です。何回も読み返す度に頭の中で彼等が生きています😌 (2023年1月26日 20時) (レス) @page46 id: 3a21aa44cd (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - 遅くなりました。夏夢さんお元気でしたか？コメントありがとうございます。世界が動いた時にはまた共有したいなと思いながらもご無沙汰しております。穏やかにありたいですね。 (2023年1月25日 13時) (レス) @page45 id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
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