浪漫廻廊(最終話) ページ22
ヒリョヒリョヒルル…
透き通る様に可憐な声で鳴く小鳥。
何度も枝間を行き来しながらまるで
雨宿りさえ楽しんでいるかのように。
しとしと雨降る縁側に立ち、眺める先で
は薄青色の紫陽花が、無数の水滴を纏って
瑞々しく輝いている。
せた桜の木も既に濃緑の葉を繁らせ夏色の様相。
たっぷりの水分を蓄えて夏本番を待つばかり。
ほんの少しだけ手を掛けてやれば植物はちゃ
んと成りたい様に育つのだ、といつかの彼が
言っていた通りだと思った。
あの頃と変わらず目の前に広がる景色、居な
いのはあなただけ。
時の流れとは無情なものだ。
「……いのちゃん」
ほぅら、
こうして名前を呼べる様になってしまった。
あの朝、深く眠りこけていた俺はようやっと
小鳥の囀りで目を覚まし、傍らの温もりが空
っぽな事に気が付いた。
駆け出す事をしなかったのは、あなたが穏や
かな最期を望んだのだと分かってしまったから。
いつもと変わらず廊下を進み角を曲がれば、
真っ直ぐ射し込む朝陽の中、何度も何度も
肩を並べて見つめ合ったあの縁側に、
ミケと寄り添ったままもう
動かないあなたを見付けた。
ふらふらと傍らに腰掛けて掌で触れてみれば
頬はまだ柔らかく、温かく、あまりに穏やか
なその“寝顔”に堪らずそっとそっと口付けた。
ふわりと吹き抜ける春風を追って庭に目を
やれば綻ぶ蕾がただひとつ。
その時、目の前を瑠璃色の小鳥が飛び立って
俺にもちゃんと見えたのだ。
満開に揺れる桜の花が。
その晩に皆が集まってくれて、すっかり安心
しきった俺は初めて涙を流した。
背を擦ってくれただいちゃんの手は震えてた。
高木さんは膝の上できつく拳を握ったまま何
も言わずに一晩中側に居てくれた。
長く静かな夜だった。
…
それから
ぽっかり空いた心の穴を埋める術を持たぬ
まま、この先を生き抜く意味を思案しつつぼ
んやりと庭を眺める日々が続いた。
傍らにあった筈の温もりが恋しくて恋しくて
一日中縁側に腰掛けてはいのちゃんを想った。
三月程経った折、ひかる君が帰港したとい
う知らせが届いた。
蜃気楼が立ち上る程暑い最中に、ふらりと現
れたひかる君は、喪装に身を包み旅立った時
と同じ大きな旅行鞄をぶら下げていた。
そして、この場にそぐわない程のたくさんの
お土産を取り出しそれらをきちんと並べると、
「いのちゃん、ただいま」
そう言って頭を下げ随分と長いこと手を合
わせた。
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ぴよ(プロフ) - 梨乃さん» 梨乃さん長い間本当にありがとうございました。何度も読み返したくなるお話を書きたいと思ってきたのでとても嬉しいです。終らせてしまうのは私自身にも寂しさがあったのですがお話もいっぱいになりちょうど頃合いなんだろうなという気持ちです。 (2023年2月5日 12時) (
レス) id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
梨乃(プロフ) - 6年前初めてこのサイトで読んだ作品が浪漫廻廊でした。ぴよさんの紡ぐ言葉が美しくて、何度も何度も読み返したとても印象深い作品です。素敵な作品と出逢わせていただき本当にありがとうございます。 (2023年2月5日 0時) (レス) id: 74d5f2a7dd (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - けーままさん» けーままさんありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです。ずっとずっと私の頭の中にも懸命に生きる彼等が見えますよ⭐ (2023年1月27日 13時) (レス) @page47 id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
けーまま(プロフ) - ぴよさんの文章は本当に素敵です。何回も読み返す度に頭の中で彼等が生きています😌 (2023年1月26日 20時) (レス) @page46 id: 3a21aa44cd (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - 遅くなりました。夏夢さんお元気でしたか？コメントありがとうございます。世界が動いた時にはまた共有したいなと思いながらもご無沙汰しております。穏やかにありたいですね。 (2023年1月25日 13時) (レス) @page45 id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
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