後 浪漫廻廊(jump×jump)

喪送の庭(ytin) ページ19

何かに呼ばれた気がしたのだ。
それですっかり目が覚めた。
夢現とは言い難い、頭の芯は
しゃんとしていて不思議と身体が
羽の様に軽かった。


布団にぴったり貼り付いたままの背は、
このところすっかり自由を失っていたけれど
細くなった腕を付いてみればあっという間に
起き上がる事が出来た。
傍らには大きな身体を丸め、寄り添ったまま
疲れた様子で寝息をたてる愛しい人がいる。
いつ、何時、何があってもおかしくはない。
枕元には圭人が処方した薬が並べられていた。


“ーおやすみ”


毎夜そう挨拶を交わす度、裕翔は頬を
包み込み触れるだけの口付けを呉れた。

また、明日も共に在りたい。
震える背を最早抱き締める力も無いから代わ
りに胸の中、ありったけの祈りを込めた。


冷たい風が去り、世界がどこか生温い春の気
配に包まれていくのは寝床に居てもちゃんと
分かった。
側に寄り添う裕翔からお日様の匂いがする
から。
着物の併せに顔を埋め深く深く息をした。


きっと、もうすぐだ。
ふっくらと膨らんだ蕾が日々色付いていくの
は遠目にも明らかだった。


“いのちゃん上着を、朝は冷えるよ”


あんまり身体が軽いからついそのまま床を出
てしまいそうになったけれど、ふと思い出す
裕翔の労る様な声と肩を包む指先。
そうだ、と寝顔を覗き込んで厚手の羽織を
肩から掛けた。
早朝、まだ陽が上ったばかりの長廊下を
ペタペタと音をたて歩く。
何と足取りの軽いことか、随分と久しぶり
の感覚に頬が緩んだ。


ほんのり朝露に濡れた縁側を袖で軽く
拭ってから定位置にゆっくり腰を下ろした。
かつては年中、日がな一日傍らに本を山積
し読書に没頭していたものだ。
華美という訳ではないけれど季節毎に様々
な様相を見せるこの庭はいくら眺めても
飽くことなく、穏やかな時が流れていた。


それでも此処で俺は裕翔に出会い、
だいちゃんと笑い合い
ひかると語らい、薮と昔話をして
高木と再会した

知念君の聡明さ、山田の覚悟、
そして、圭人の優しさ


風が巻き上げた麦藁帽子、裏木戸を潜って
あなたがやって来たあの日の光景を思う時


ー幸せだったと
何を疑う事があろうか。




ピィ、ピ、ピッ


ふと可憐な囀ずりが耳を揺らす。
行方を追うと桜の枝の先から先へと自由に飛
び行く青色の小鳥の姿。


飛び立つ度に小枝が揺れて揺れて





「…………あ、」





そのひとつは確かに
ぽつりと花弁を開いた。

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