傷跡(ktym) ページ15
“……りょうすけ”
鼓膜の奥に貼り付いたままの残響。
高まり弾けてしまった筈の快感。
それでも暗闇には未だベッドが軋む音
がその姿を留めている。
揺蕩うのだ、
ゆらゆらと夢現の世を行き来しながら重い瞼
の裏でこの時ばかり俺を名で呼ぶ彼の声色を
聞いた。
こんなにも近くにいるのに何故だか距離を
感じるのは、此処が“ちぐはぐな場所“だか
らだ。
診療所からほど近く、色街の奥に建てられ
た古びた一軒家。
元は遊女等の支度部屋として使われてい
たというそこが俺達の下宿先だった。
外観は極めて和風ながら踏み入れた先は板張
りの洋室にソファーが並ぶ何とも折衷な空間。
長く英国で暮らしていた圭人は西洋の様式を
好み、いつの間にか俺も彼の
元はひなびた女郎部屋で生まれたというのに
皮肉なものだ。
スルリと布ずれの音。
俺を起こさぬ様に布団からそっと抜け出した
彼は素肌に白いシャツを羽織る。
丸裸で眠る俺とは対照的に行為の後圭人は、
程なくして衣服を身に纏ってしまう。
枕元に置かれた水を一口飲んで、俺の寝顔を
じっと見つめながら
「あいしてるよ」
と小さく呟くのだった。
当時の俺は既に肺に病を抱えており息をする
のもやっとの状態だった。
道端で倒れていた際運び込まれたのが圭人の
診療所であり、彼との出会いが俺に生きたい
という意思を与えてくれた。
しかし、互いに愛しさを共有しながらも無理
は出来ない身体。
俺達の関係は長いこと
日本へと戻ってきて、思うがままに身体を重
ね合わせる事が出来るようになってからも
圭人が与えてくれる行為は優しく紳士的で俺
ばかりがその先を求めている様なもどかしさ
も感じていた。
圭人への想いは絶対だ、勿論彼からの愛を疑
う予知など無い。
でも、
俺はもう守られてばかりの
存在ではない。
守りたいと思うのは
欲張りなのだろうか。
今夜は月が明るいらしい。
背を向けた先ではカーテンの隙間から射し込
む光が板目の廊下に一本の線を描くのが見えた。
この光を辿った先に天国があるのかもしれな
い、逝きそびれた俺の陳腐な妄想。
再び圭人がベッドに戻ってくる。
寝返りをするふりをして腰に抱き付き薄いシ
ャツ越し、背と腹のちょうど真ん中辺りに触
れた。
圭人が身を固くするのが伝わってくる。
それでもゆっくりと撫でる、指先でそこを何
度も何度もなぞる。
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ぴよ(プロフ) - 梨乃さん» 梨乃さん長い間本当にありがとうございました。何度も読み返したくなるお話を書きたいと思ってきたのでとても嬉しいです。終らせてしまうのは私自身にも寂しさがあったのですがお話もいっぱいになりちょうど頃合いなんだろうなという気持ちです。 (2023年2月5日 12時) (
レス) id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
梨乃(プロフ) - 6年前初めてこのサイトで読んだ作品が浪漫廻廊でした。ぴよさんの紡ぐ言葉が美しくて、何度も何度も読み返したとても印象深い作品です。素敵な作品と出逢わせていただき本当にありがとうございます。 (2023年2月5日 0時) (レス) id: 74d5f2a7dd (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - けーままさん» けーままさんありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです。ずっとずっと私の頭の中にも懸命に生きる彼等が見えますよ⭐ (2023年1月27日 13時) (レス) @page47 id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
けーまま(プロフ) - ぴよさんの文章は本当に素敵です。何回も読み返す度に頭の中で彼等が生きています😌 (2023年1月26日 20時) (レス) @page46 id: 3a21aa44cd (このIDを非表示/違反報告)
ぴよ(プロフ) - 遅くなりました。夏夢さんお元気でしたか？コメントありがとうございます。世界が動いた時にはまた共有したいなと思いながらもご無沙汰しております。穏やかにありたいですね。 (2023年1月25日 13時) (レス) @page45 id: e4c9d3b3cb (このIDを非表示/違反報告)
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