【＃コンパス】氷砂糖のような (ページ37)

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氷砂糖36つページ37

「.....零夜さん？」

我に返れば、誰かが僕の名前を呼んでいた。
.....おかしいな、如何してこの人が.....

「.....Aじゃないか、どうかしたのかい」

彼女はこの場所に来た時のような恰好をして.....

ふんわりと優しい香りのハーブティーを淹れていた。

「丁度ハーブティーが淹れ終わったんです。一緒にいかがですか？」

「.....ありがとう」

そうか。これは.....

.....過去の出来事だ。

「ふふ、今日はレモングラスにしてみたんです。私のお気に入りなんですよ」
「知っているよ」

そうでしたっけ、と彼女は優しく微笑んだ。

僕は夢を見ているようだ。

このころの彼女は、本当に消え入りそうに笑う。

姿も、口調も、無理しているのが手に取るようにわかる。

「今日はソーンがここに来る日なんです」

.....そうだ。
僕の記憶が正しければ、彼がここに来るのは.....あと数時間。

「そうだ、頼まれていることがありました.....急がなくては。カップはそのままで大丈夫ですから、ゆっくりお飲みになってください」

ずきり。

嫌な頭痛がする。

『待って。僕が行くから』

この言葉を言おうとするが、声が出ない。
夢、とは残酷だ。

朦朧とする意識のなか、僕はAを追いかける。

行っちゃだめだ、待ってくれ。

あと数ミリ。
あと少しで彼女に触れることができる。

あと―

「―あ」

『予期セヌバグガ発生シマシタ一部データノデリートヲ行イマス』

無機質な機械音が響く。
目の前のAが、その場に倒れこむ。

後ろから一人の足音が聞こえてくる。

恐らく彼女の兄だろう。

.....「頼み事」。

それはこの「＃コンパス」のシステムをハッキングした者が、ヒーローの姿で彼女に接触する口実だと後から知った。

僕なら、防ぐことができたのに。

今流れているのは、所詮リプレイだ。

それなのにあの時の感情も、感覚もすべてが流れ込んでくる。

.....彼女を救いたい。

すぐ壊れてしまう彼女を、僕の手で守り抜きたい。

.....少しでも、早く。