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「――信介さん?」


俺を呼ぶ声に、ふと我に返りました。


「どないしたんです?」
「Aと初めて会った時のこと思い出しとったんや」
「あぁ……たしか急に雨が降ってきた日でしたねぇ」


懐かしそうに目を細めた彼女でしたが、ハッとしたように俺に向き直って言いました。


「信介さん、あたくしのお話聞いてへんかったでしょ」
「ウッ」


図星を突かれ、気まずさに珈琲を一口すすりました。
が、彼女が俺を見る視線はほんの少し冗談めいた鋭さを帯びていました。


「しょうがないから、もう一回お話しして差し上げますよ」


呆れたようにAは言って、俺をまっすぐに見ながら言いました。


「今、桜の季節でしょう。隣町の川沿いの桜がとっても綺麗やって、他の常連さんから聞いたんです」
「あぁ、桜」


まだ肌寒いとはいえ、だんだん暖かくなってきて、町の彩も豊かになってきておりました。
この街ではそこまで桜を見ないとは思ったのですが、隣町に綺麗なところがあると、それで納得しました。


「Aは、そこの桜を見に行ったことあるん?」
「いいえ、それが、毎年いろいろと忙しくて、行きたくても行けへんまま散ってしまって……」


意外でした。
俺はまだ昨春にこの街に来たばかりだったし、そのときは身の回りもあわただしく、隣町の桜のことなど知る由もなかったのですが、彼女はこの街で生まれ育ったと聞いておりましたので。


「……ねぇA、」
「はい」


いいこと、と言うほどではありませんが、この流れなら誘ってもいいと思ったのです。


「桜、俺と見に行かへんか」


とはいえ、今まで女性と二人で出かけるなどとは無縁の生活を送ってきましたから、誘い文句はこれで良いのかなんてわかりませんでした。
Aも驚いた顔をしておりましたので、しまった、とも思いました。


「……あたくし、次の日曜なら、お休みを頂けるかもしれへん……」


聞こえるか聞こえないかの声で、彼女は言いました。
なんだか俺は恥ずかしくなって、珈琲のお代を適当に押し付けました。


「えっ、ちょ、信介さん」
「日曜の昼一時、稲荷橋のたもと。嫌なら来んでもええから、」

「信介さん、待っ――」


それだけ言い残して、俺は店を出ました。

何事もいつも通りにやると決めている俺ですが、彼女といるときはどうも調子が狂うのです。

これも、惚れた弱みというやつでしょうか。
それとも、彼女に対する“いつも”などただの幻想だったのでしょうか。

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シノブ(プロフ) - ココアこなさん» うわあああありがとうございます!方言や世界観にはとても苦戦したので褒めていただけて嬉しいです……!ありがとうございます! (2018年5月8日 21時) (レス) id: 7dd974e27d (このIDを非表示/違反報告)
ココアこな(プロフ) - 全体的に北さんの雰囲気に合った世界観、時代背景で、夢主との幸せを願いたくなる様な素敵な作品でした!あっ上からでスミマセン(´・ω・`) (2018年5月6日 18時) (レス) id: aa502ae987 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:シノブ | 作者ホームページ:http://twitter.com/tam_shino  
作成日時:2018年5月5日 23時

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