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「A、Aっ…！」
遠くから、私を呼ぶ声が聞こえる。まだ身体も瞼も重たくて、寝ていたいのに。その声があまりに必死だったから、私はどうにかして目を開いた。
「なお…？」
「っ、…気分は？」
「……眠たい」
「返事になってない」
尚に身体を上向きにされて、私は家の玄関で寝ていたことに気づく。気分が悪くて、執念でここまで帰ってきたように思うのだけれど、正直あまり記憶になかった。
尚の手が、私の背中と床の間に入り込む。そのまま持ち上げられると、あんなに遠かった寝室まではすぐだった。
ベッドに優しく落とされたあとは、尚がてきぱきと私の具合を見る。
「…わかってたけど、瞼の裏真っ白」
「あはは、やっぱり」
「自覚あったんだろ、なんで無理やり帰ったんだ」
「…怒ってる？」
「怒ってるに決まってる」
言葉とは違って、尚の手が私の肘の内側に触れた。まるで壊れ物を扱うかのように。そこは献血をしたあとの絆創膏が貼られているところだ。
「協力してくれたことはありがたいと思ってる。Aのおかげで命が助かった。でも様子がおかしいと思ったんなら、その場で申し出てくれないと。帰ってくる途中に何かあったらどうするつもりだったんだ。携帯だって全然連絡つかないし」
「うーん…あんまり考えてなかった、かな」
「A！」
尚は珍しく本気で怒っているようだった。私に声を荒げたことなんて、思い返しても数えるほどしかない。
それが尚がものすごく心配してくれたんだろうことを裏付けていて、少しだけ嬉しい。言ったら余計に怒られるので言わないけれど。
「次からは気をつけます」
「次からはじゃなくて、二度とないようにして」
「はい」
私は重たい手を伸ばして、尚の小指に自分の指を絡める。その状態で軽く振った。
「嘘ついたら針千本呑ーます」
「そんなの出来ないだろ」
「じゃあ尚が決めていいよ。罰ゲーム」
「…じゃあ、嘘ついたら仕事辞めさせる」
「えー…それは嫌だなあ。辞めたらお金稼げないし」
「別にA1人ぐらい今すぐにでも養えるんだけど」
びっくりした小指がするりと抜けて、布団の上に落ちた。追々はって考えていたけれど、こういう確信的な話は今までしてきたことがなかったから。
落ちた手を尚の手が掬い上げる。そのまま私の薬指に尚が唇を寄せた。
「…考えといて」
ここまでやっておいて、尚は最後の最後で視線を外した状態でそんなことを言ってきた。
…ずるいよ、ばか。
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作者名：みずたま | 作成日時：2021年9月13日 10時
