36.必要 ページ36
「じゃあ、どうして好きでもない男の為に死にたがった？」
松本さんが真面目な顔で聞く。
「好きなのかなとは、思ったよ？カッコいいし、優しいし、大事にしてくれたし」
「うん」
「多分幸せになれる。そう思ってたけど、でもなんとなく、この人と添い遂げるって気持ちになれなくて、迷いながら、来月を待ってた」
「で、浮気された」
大野さんが呟く。
「私、きっと何かが欠落してるんですよ。誰かを本気で好きになれたことないんですもん」
「運命の人に出会えなかっただけだろ」
松本さんが言う。
「……じゃあ、よかったんじゃないの。結婚して、子どももできて、何年も、たってから気付くより。今なら、戸籍にちょっと変な名前が入ってるだけで、真っ白の状態でやりなおせる」
大野さんがゆっくりしゃべってる。
「Aが死にたい理由でそこでしょ多分」
二宮さんが意地悪そうに言う。
「え？」
「その戸籍もどうなってるか、不明。Aは今何ももって無い。身ぐるみ剥がされた状態。言って見れば素っ裸！」
「素っ裸……」
大野さんがふふんと笑う。
「自分の名前すら怪しい状態。肩書きも、なーんもない。それがどれだけ不安か、ちょっとはわかるよ」
「……二宮さん、わかるんですか」
「俺だってね、明日から仕事全部なし！って言われて、この家無くなって、嵐がなくなって、未来もお金も何にもなくなったら、死のっかなーって位は思うよ多分」
「だな」
松本さんが喉の奥でくっと笑う。
「さらに名字まで自分でわからなくなったらアイデンティティー崩壊するわ間違いなく」
「……」
ああ。そっか。裏切られたことがショックっていうより。
私、今、なんにも無いことが、怖いんだ。
この家に来て、とりあえず生きて行かなくてはいけない理由があるから、おなかもすく。
人間は、生きているんじゃなくて、生かされてる部分は、多かれ少なかれ、ある。
お前が必要だって言ってくれる場所がないと、足元から地面が崩れて落ちる。
「あのね、A」
二宮さんが出会って初めて、慈愛溢れる優しい目で私を見る。
「俺ら……少なくとも、俺にとって、Aは必要なの。死なれたら困るの」
ちょっと泣きたくなってきた。
「あの、泣いても、いいですか……」
「胸貸す？」
「いや、それ俺の台詞、ニノ離れろ」
「潤くんはデートしたでしょ！」
「おいらも貸すぞ」
笑いながら、涙がぽろっと落ちた。
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作者名：よしの
| 作者ホームページ：
作成日時：2013年11月10日 21時
