最後の恋 (ページ8)

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ガラスの靴ページ8

あの夜、自分の前にいたのは間違いなく、あの櫻井翔だったんだけど、もう二度と会う事はないのだからと自分に言い聞かせた

一生分の幸運を使い果たしたあの夜から、藤野先生の口から櫻井さんの名前が出る事もなかったし、大和もわたしも「本物だったね」と言葉にすることもなかった

あの夜の人は櫻井さんじゃないと思う事で、夢と現実を切り離そうと必死になっているような、そんな何とも言えない不思議な感覚が最初の1週間ぐらいは残っていたけど、

そんな感覚をいつまでも引きずっていられる程、働いてる職場は生易しい場所ではない事は自分が1番よく分かってる

今まで頑張った分の御褒美だったんだと思えば、下手に恋心を抱かずに済んだ

テレビで5人揃った嵐や、櫻井さんを見ても、わたしの手を握った人物とは同一人物だとは意識しなくなった頃、

あのBarに1人で行った

もしかしたら彼に会えるかもしれないとか、そんな打算は一切なくて、単純に1人で考える時間が必要だった

階段を下りて、重厚な扉を開ける

バーで飲むには早い時間だからか、中にお客さんは見当たらなくて、落ち着いた声で「良ければカウンターへどうぞ」と促されるままにスツールに座る

何を頼もうか決めていたわけでないのに、自分でも無意識の内に『コスモポリタン』を注文していても思わず苦笑い

カウンターの向こう、すぐ目の前で行われる鮮やかな手つきを見つめながら、いま作られているカクテルと同じように、人生にも分かりやすいレシピがあれば楽なのにと思う

‐‐‐‐‐
師長「Aさん、ちょっといい？」

手術を終えた患者さんを病棟看護師に申し送って、手術室から送り出してすぐ、滅多に関わる事のない師長から呼び出された

『この書類を直したら、すぐに行きます』

慌てて手術書類をまとめながら、どうして呼び出されるんだろうと頭をフル回転させる

呼び出しされるような問題は起こしてないし、提出し忘れたような重要な書類もない・・・はず

同じような書類をまとめている大和からは「何したんだよ？」と目で聞かれるけど、『分からない』と首を傾けるしかできない

コンコン

『失礼します』

広いとは言えない師長室に入ると、椅子に座るように促される

何を切り出されるんだろうと予想しながら身構える