おうちゆきち【文スト・社長】

おこるゆきち(１) ページ9

「馬鹿者！ 何をしている！！」
「へ？」

「馬鹿者！ 馬鹿者、馬鹿者、……大馬鹿者！！」
「ちょ、そこまで言わなくたっていいのに……」

「いいや、言わせてもらう！ レイヤの不注意には我慢の限界だ！！」
「不注意ってほどじゃないですよ。包丁で料理してたら、誰だって、指先を切っちゃうこと、あるでしょ？」

「誰が不注意で指を切ろうが、どうでも良い！ だが、レイヤが！ 私の愛するレイヤが、その指先を切り、血を滲ませているのだぞ！？ これが黙っていられるか！」
「はいはい。次は気をつけます」

「見せてみろ！ 切った指を、私に見せてみろ！」
「え、あ、ほら、……ここ。もう、血は止まったから大丈夫」

「……おい、なぜこのような部位を……、なぜ左手の指先などを切ったのだ！？」
「いや、だから、こうやって右手で包丁を持って、左手で野菜を押さえて切る時に……」

「む！？ なんだ、その左手の構えは！？」
「いやいや、だから、野菜を押さえてて……」

「間違っている！！！」
「え？」

「なぜそのように、指を伸ばしているのだ！ 野菜を押さえる時は、『猫の手』だろうが！」
「…………ねこのて？」

「そうだ！ 『猫の手』だ！ こう、指を軽く丸め、刃の下に指が来ないよう……」
「ぷぷぷっ！ やだ、諭吉さんってば！ なんですか、『猫の手』って」

「何！？ 『猫の手』を知らんのか！？」
「知らんも何も、諭吉さんが勝手に考えた言葉でしょ？ いくら猫が好きだからって、『猫の手』なんてネーミングしちゃうなんて、諭吉さんも結構カワイイとこありま……」

「違う！！！ 私の造語ではない！！！ 添える左手の形を、一般的に『猫の手』と言うではないか！！！」
「えー？ 私そんなの聞いたことないですよ？」

「……はっ！ よもや時代遅れの言葉なのか！？ 若人には通じぬ、太古の言葉になってしまったのか！？」
「うーん、どうでしょう？ 私が知らないだけ？ 今度、探偵社でみんなに聞いてみましょうか？」

「いや、それはどうでも良いのだ。問題は、レイヤの左手が間違っているという一点に尽きる！」
「はあ……」

「レイヤ、なぜだ……。そこはかとなく、猫のような存在であるレイヤが、なぜ左手を『猫の手』にせず……」
「もう、わかりましたよ！ 今度から、ちゃんと……、その『猫の手』？ やってみますから」

「ああ、ぜひそうしてくれ。刃下に指が行くことのないよう……。レイヤが傷つくことのないように……、頼む」

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