おうちゆきち【文スト・社長】

(２) ページ13

昼間の社長室でも。
諭吉はスーツを粗雑に扱い、長椅子の背に投げ掛けていたけれど……。

これでは、いけない。
スーツがシワになる。

レイヤは、猫のように足音を立てずに、スルリとベッドから降り。
脱ぎっぱなしのスーツを拾って、ハンガーに掛けてやる。

スラックスも、ワイシャツも、同じように形を整えてから。
ホッと一息。

恋人の大きなスーツを、大切に扱うことは。
恋人そのものを愛することに似た幸福感を、レイヤにもたらした。

……いや。
しかし、何か足りなくはないだろうか？

そうだ。
ネクタイだ。

諭吉が放った、ネクタイも。
一緒に掛けてやらなければ。

レイヤが、暗い部屋の中を、キョロキョロと見回して。
やっと、蛇のように落ちている、それを見つけ。

手に取った、その時……。

「…………レイヤ」

突然、声がかけられ。
レイヤはビクッと反応する。

振り向けば。
今まさに、布団がバサッとめくり上がり。

諭吉が、ゆっくりと。
ベッドから降りたところで。

「レイヤ……、どこへ行く」

寝起きのせいか。
いつもの低い声は、少しかすれたような。
ぼんやりとしているような。

「レイヤ……、逃げるのか」

そしてまた、レイヤを見つめる、その瞳も。
どこか、視点が定まらず……。

「レイヤ、私を置いて……、猫の国へ帰ると言うのか……」

……へ？

ネクタイを手にしたまま。
レイヤは、耳を疑う。

……猫の国？

「ああ、レイヤ。そうか……、やはり帰りたいのだな？ 生まれ育った猫の国へ……」
「え……、諭吉さん？ 何、変なこと言って……」

「レイヤ……、駄目だ。猫の国へ行かないでくれ……」
「はっ！ もしかして……、寝ぼけてる？」

それが証拠に。
諭吉はフラフラと、おぼつかない足取りで。
レイヤの前に進み。

「嫌だ、レイヤっ！ 離れたくない……っ！」

まるで子どものように。
今にも泣き出しそうな勢いで。

レイヤにしがみついた。

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