国木田のファミレス(22) ページ42
怒りに、顔を赤黒くさせた男が。
理性の吹っ切れた、尋常ならぬ様子で。
太宰の首を掴む手に、力を込めたようで。
「ぐふっ! た、助け、て……、だーにーざーぎーぐぅーん………っ」
太宰の外套がブルブルと震えたならば。
その光景を眼前にする谷崎の両足も、同じように震えていた。
間違っている、と谷崎は思う。
太宰は、助けを乞う相手を間違っているのだ。
自分の、ろくに鍛えてもいない腕が。
太宰を軽々と持ち上げる男に敵うことなど、あるはずがない。
ここは、宮沢賢治の出番だ。
または、中島敦。
いや、国木田独歩でも、与謝野晶子でもいい。
とにかく、自分には無理だ……!
無意識の内に、一歩下がった谷崎。
そこで、いつの間にか背後に立っていた、国木田にぶつかる。
「おい、何をしている」
騒ぎを察知して、駆けつけたのだろう。
眼鏡を反射させながら、冷静に腕時計を見て、言った。
「パーティールームの予約時間まで、残り八分三十七秒。こんな所で油を売っている暇はない。太宰絡みの揉め事なら、尚更だ。……分かっているな、谷崎?」
国木田の瞳は。
信頼の光を持って。
けれど、ほんの少しだけ。
憶病な子どもの背中を押す『母親』のよう。
そして、その国木田の背後に見える、福沢諭吉は。
こちらの騒動には見向きもせずに、列について、歩いて行ってしまう。
もしかしたら。
『父親』が出るまでもない、と思っているのだろうか。
だから、谷崎潤一郎は。
ゴクリと唾を飲み込んで。
すべてを覆い隠す。
淡い雪を降らせるために。
夢のように、儚い。
刹那の空間を作り上げるために。
そして。
谷崎潤一郎が、谷崎潤一郎であるために。
口を開いた。
「……細雪!」
6人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
カナコ(プロフ) - ライさん» ありがとうございます!!!!こんなコメントいただけて、嬉しくて涙出ました。愛読してくれる方に楽しんでもらえるよう、マイペースながらも頑張りたいと思います! (2019年6月6日 21時) (レス) id: 596e7dae07 (このIDを非表示/違反報告)
ライ - 好き!!!!!もう、本当、そーゆーところ大好きです!愛読し続けます (2019年6月5日 13時) (レス) id: c9f19c4ce0 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:カナコ | 作成日時:2019年6月5日 11時