７話 桜 ページ7
神出鬼没な精市君に首を傾げつつ、階段を登り潜り戸から静かに庭へ向かう。今度はそーっと建物の影から庭を覗き見た。どうやら誰もいないようだ。
綺麗な庭を通り玄関を目指す。敷石を辿るも広い庭の先まで続いていて気が遠くなりそうだ。昨日覗き込んだ池を過ぎて屋敷に沿うように歩く。庭は綺麗に切り揃えられた庭木や花で溢れていた。愛情込めて手入れがされているのが伝わる。ついきょろきょろしながら歩いていると、一点に目を奪われた。
「……桜……？」
今は夏。でも確かに視線の先には大きな桜の木が咲き誇っている。目線を下げるとひらひら舞う花弁の中に誰か立っているようだった。
細められた切れ長の瞳に、切なげに下がった眉。額から突き出た角だけは禍々しい色を放っている。
声を掛けようか、口を開きかけた所で彼がこちらを向いた。みるみる眉間が寄り、目が釣り上がっていく。怒鳴られる。腰が引けそうになるのを何とか耐えて、私から一歩大きく踏み出した。
「昨日は勝手に入り込んでごめんなさい！！……あ、今日もだけど……」
「……お前、何故ここへ入る事が出来た」
「えっと、裏の潜り戸から……ごめんなさい」
勢いに任せて深く頭を下げたけれど、降り注いできたのは予想よりも静かな声だった。顔を上げながら歩いて来た道を指差せば険しい顔のまま首を傾げた。
「この屋敷に潜り戸など無いはずだが。そもそも人間が入り込む事すら不可能なはずだ」
「でも現に私は今、ここにいます」
更に眉間の皺が増し、今にも眉頭同士がくっついてしまいそうだ。美しい桜の下でする表情ではない。苛々する時も甘い物は効果覿面。……その原因は私だけれど。
胸に抱えていた風呂敷を開き、一つ手に取って見せる。私を睨んでいた目が手元に注がれた。
「おばあちゃんと作った草餅です。昨日と今日のお詫びのつもりです」
返事が無い。蝉時雨だけがやたら大きく聞こえ、私は彼の言葉を待つしかなかった。草餅を持つ手が汗ばみ、喉はカラカラだ。じっと顔を見つめていたらふと伸ばしていた手先が軽くなった。
草餅が大きな手に収まっている。
「……頂こう」
「あっありがとうございます！」
あれだけ険しかった表情が僅かに緩んだような気がしたのは、きっと気のせいじゃ無い。
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作者名：雅 | 作成日時：2019年2月23日 16時
