9 ページ9
ショッピは、虚をつかれたように、わずかに目を見開いた。
ショッピには、自由に生きてほしかった。もう私に縛られず、囚われず、好きなように人生を選んでほしかった。
この弟の献身に、私が報いることができた試しがあったろうか？
残念ながら、その答えはゼロだ。ただ、目が見えるようになっただけ。マイナスがゼロ地点に戻っただけ。なにかプラスできるものなんて、ない。
だから、せめて。これから奪ってしまうであろう時間を、選択肢を、少しでも減らすのだ。それが私にできる、せいいっぱいの償い。
ショッピは歩みを止めていた。長い長い沈黙がおりる。
夕方の街の喧騒が、ひどく遠くに聞こえた。
優しい弟との間で、こんなに息が詰まるような空気を共有したのは、これが初めてだった。
「……なんでそんなこと言うん」
やっと吐き出された言葉は、非難、だった。
彼がどうして怒っているのか、私にはわからなかった。遅すぎたの？ それとも私が思い上がっていた？ でも、ショッピがいつも私のためになにかを諦めて、我慢して、犠牲にしてきたのは事実で。
『おかあさん、ショッピは私のためにうまれたの？』
そんな、無邪気に母親に尋ねるだけの“子ども”のままでいるのは嫌だった。
「今度は、私がショッピの力になりたいの」
「……」
「だって、ホントだったら、お姉ちゃんである私が弟を助けなきゃでしょ？」
「姉さんは俺に助けられてればええんよ」
どこか吐き捨てるような言葉を残して、ショッピはフイと背を向けた。そしてそのまま、すたすたと歩き始めた。
その背中がやたらと遠く感じて、私はとっさに返す言葉が見つからなかった。なにかを言うべきなのに、ショッピの意図を理解すべきなのに、喉が詰まるばかりでなにも思い浮かばなくて。
このとき。
せめて、その背中を追いかけていれば、なにか違ったのかもしれなかった。
今日の弟
「姉さんどこ行くん？ もう帰る時間やで。ほら、手」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 132人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：よぞら | 作成日時：2023年11月15日 22時
