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沖田side
·

ああ、ダメなのか。
鍵盤を鳴らしながら、伝わってきた審査員の意識に目の前が暗くなる。
どうせ彼らの意識はもう、俺の後に控える鮎川にいっているんだろう。

…音楽の神に愛された、のだと。誰かが鮎川のことをそう称していた。
神の寵愛を受けた人間に、勝てるはずがない。
ため息をつきたくなるのを、必死で堪えた。


***

オーディションが終わって数日した頃だろうか。
偶然、大学内で鮎川に遭遇した。
決して仲がいい訳じゃない。俺は彼女が有名人だから知っているが、向こうは同学年という意識がある程度だと思う。

『…貴方が仲良くしてた後輩、怪我してピアノ弾けなくなったんでしょう』

だからいきなり話しかけてくるとは予想していなかったし、その口調にそれなりに吃驚したが、内容はさほど不思議ではなかった。
今、山崎のことを大学内で知らない者はいない。怪我の直接的な原因は照明器具の落下だったのだが、やはり練習中の事故だとして噂になっていた。さすがにあの楽譜のことを知っている生徒は俺だけだろうが。
事故に興味を持った生徒が、山崎とそれなりに交流のあった俺に話しかけてくることも増え、対応にもだいぶ慣れた。
鮎川も気になるのか。少し意外だ。

「ああ、運の悪い事故だってねィ」

テンプレ通りに言葉を返せば、鮎川は『ふうん』と単語を放って視線を下げた。
そして、つぶやくように言った。


『ピアノが弾けなくなったなんて、羨ましい』

「…は?」

正直、耳を疑った。こいつ、何言ってんだ。
…音楽の神に愛されたとまで言われているくせに、何言ってんだ。
鮎川が今言った言葉は、聞き捨てならない。彼女は山崎だけでなく、彼女より実力の低い者のことも、冒涜したのだ。
すなわち、そう、俺のような。
苛立ちが喉に込み上げて、余程ぶん殴ろうかとも思ったが、一言彼女に告げるに留めておいた。


「お前、最低だな」

そのまま背を向けて鮎川の元から歩き去る。返事はかえってこなかった。


イライラを抱えたまま歩き、ようやく着いた練習室の扉を開ける。
少し前に《さかさま少女のためのピアノソナタ》を弾いた場所だ。
…山崎がこれを弾いて怪我している今、この曲は危険極まりないのだが。
今自分の状況やムカつきと相まって、俺は気づいたらリュックから楽譜を取り出していた。
赤い染みのついた、黄ばんだ、異様な楽譜。
譜面台に置いて、椅子に腰かける。

息を吸って。
両手を鍵盤に沈め。
一音目を鳴らした。

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みるくれーぷあいす(プロフ) - ちぃなさん» ありがとうございます!これからも楽しんでいただけると嬉しいです。 (2019年10月30日 16時) (レス) id: 147ef4680d (このIDを非表示/違反報告)
ちぃな - ホラー好きなので嬉しいです!更新楽しみにしてます。 (2019年10月29日 14時) (レス) id: 43ae00df60 (このIDを非表示/違反報告)
みるくれーぷあいす(プロフ) - 綾葉メグさん» ありがとうございます!マイペースな更新ですが、これからもよろしくお願いします。 (2019年10月27日 17時) (レス) id: 147ef4680d (このIDを非表示/違反報告)
綾葉メグ(プロフ) - 面白いです!更新楽しみにしてます! (2019年10月27日 15時) (レス) id: fe3feae032 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:みるくれーぷあいす | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/ykoma1218/  
作成日時:2019年10月15日 1時

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