泡沫夢幻【わたどう】

□00.prologue ページ1

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地元でも名の知れた老舗旅館である
｢文瀬屋｣の娘として生まれた私。








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そんな私には、幼い頃から親に決められた婚約者がいた。







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名は椿。高月椿。

老舗和菓子屋｢光月庵｣の一人息子。







彼はとても人懐っこくて、
笑顔が可愛い男の子だった。








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大人になったら私は椿と結婚する。

物心着いた時にはもう決められていたその話に、
疑問や不満を抱いたことは1度もなかった。







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わがままで泣き虫で素直じゃなくて、

可愛くないことばかり言う私に、

愛想をつかせることなく
真正面から向き合ってくれた椿は、

私のヒーローで、運命の王子様。







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誰にも渡したくない。

独り占めしたい。

ずっと私だけを見ていてほしい。






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幼い頃から何不自由なく育ったせいで
何かを強烈に欲しいと願ったことが無かった私にとって、

椿は、唯一無二のそういう存在だった。








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でも、

＿＿＿＿＿＿＿…椿の運命の人は私じゃない。




なんでそう思ったのかは分からないけど、
ハッキリとそう思った。








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初めて欲しいと思った存在なのに、
唯一、私がどれだけ願っても手に入らなかったもの。



それが椿の心だった。









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15年前、

身を焦がすほど欲しいと願っていたそれを、
いとも簡単に奪っていった少女がいた。







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日に日に嫉妬の渦に飲み込まれていく中で、
私と椿の関係は少しずつ歪みが生じ始めていった。









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…どうやら今じゃ、私は君に嫌われているみたいだ。







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2人の間に会話なんてものはないし、
たまに口を開けば喧嘩ばかり。


私を見る視線はゾッとするほど冷たくて、
いつしか目を合わせることすら怖くなった。


名前も呼ばれないし、呼べない。


彼の笑った顔なんて、もうとうの昔に忘れてしまった。









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嫌いになれた方がよっぽど楽だった。


親の決めた婚約者として、

形式的に、割り切って、仮面夫婦を演じられたら、
どれほど楽だっただろう。








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……そんなことを思いながら、


どれだけ望んでも手の届かないあなたに、
今日も私は、不毛な片思いをしている。









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