救済思想 (ページ9)

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からん、と乾いた音が鳴る。

彼に突き刺されていなくてはならないナイフは、
私の足元に落ちていた。

*……早くしろ。ヤツを殺せ。

普段と変わらない"あの人"の声。
……否。失望しているような声だ。

＿＿＿＿＿＿＿＿いやだ、まだ。
また(・・)、捨てられたくない。

瞬きをしている間に、手にナイフが戻ってきた。

それは、まるで、逃がさないとでもいうかのように。
ナイフの刃先が、鈍く光る。

意味もなく、体が震えた。
息が詰まって、手が震える。

なんだか、この人だけは、
殺してはいけないような気がして。

この人だけは、
守らなくては行けないような気がして。

いうならば、そう。
＿＿＿＿子を守ろうとする、親の気持ちだ。

このホテルでも、何度か見てきた。
罪を犯した、親子たちを。

ああ、なんで。
＿＿＿＿なんで、こんなに苦しいの。

*……何をしている?

怪訝そうな声。突き刺さる視線。

荒ぶる自分の心を落ち着かせるように、
ナイフの柄を強く握った。

彼は、違うんだ。
彼は、ただ、ただ………。

一息吸って、言葉を吐いた。

『…ごめん、なさい』

口から出る、謝罪の言葉。
鋭い視線は、未だこちらに向けられていた。

あの人が許してくれるはずないのに。
あの人に許されるはずがないのに。

捨てられてしまったら、どうしよう。
けど、けど＿＿＿＿＿＿＿

『私、彼のことは……できない……』

数秒、沈黙が訪れる。

恐怖で、逃げ出してしまいそうだった。
意味もない涙が、視界をじんわりと滲ませる。

捨てられる？殺される？
でも、でも＿＿＿＿＿＿＿＿

*…まあいい。許そう。

『…ぇ…』

思わず、"あの人"がいる後ろを振り向いてしまう。

前髪で、表情は見えなかった。
ふわり、と髪が揺れる。

*……次はない。

あの人の優しさに、胸にぬくもりが広がって行く。
……ああ、今私は。

いきている。

『……ごめんなさい、ありがとう』

瞬きをした頃には、あの人はその場所から消えていた。

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