陰翳の果実 最終楽章

黄の告白２３ ページ47

「ーー…やめろ！！」



…何っ考えとるねん


“あんたはもうとっくに狂っとる”


俺の放った言葉がこいつの、最後の箍を外したーー…



俺は数歩距離を詰める


笑うあいつの左手には燃え盛る新聞紙がーー…




「っ…消せや」




色んなもん突っ込んどったポケット


そこに隠した

最後の切り札というには心許ない護身用ん小さなナイフ咄嗟に掴んで俺は詰め寄る




「ふはは、人生で刃物向けられんのも初めてやなあ…ほれ、刺してみ」



「ーー…」



一瞬の逡巡ーー…



そいつは



「やめっ…、」


火ぃ着いた新聞紙を後ろんゴミ捨て場に放り投げるーー…




「っ…ーー、」



気を取られたその隙に手元を蹴られ



無惨にナイフがコンクリートの上を滑り転がったーー…




ジリリリリリリリリリリリリ…


ーー…そん時、いつかも聴いた警報


マンション中に響き渡る轟音


バチバチと不穏な音を立て

あいつの後ろに広がっていく炎ーー…



「…そおいやお前も放火未遂したんやっけな」



「あぁ！？」



…あん人が、上の部屋に一人でおるんやないか


俺は焦る


早よ…救い出してやらんときっと怯えて動けへんやろにーー…



「そんな中途半端やからいつまで経ってもそんなんや…」


「っるっさいわボケ！ それどころとちゃうやろ！」



ああ



あいつの背中越し


ゴミ捨て場の隅に消化器を見つけ俺は走る

掴んで必死に外すピンを抜く
指が滑る


ーー…それどころちゃうんや


隣の山へと異臭を放ちながら燃え広がっていく炎
熱さと煙が空間に充満し始めるーー…



「…何でそんな必死になるんや？ 捕まるとしても俺やぞ」



ジリリリリリリリリリリリリ…


警報の音に紛れて聴こえる呆れたような声



「っるっさい！ 消すの手伝えやーー…」




…愛していた



俺はあの人を愛していた



ようやくレバー引いてホースの先から勢いよく真っ白な消火剤が噴射する


世界は灰色と白と赤


たちまちゴミ山の炎は鎮めらーー…





ーー…




「ーー…う、」



「ーー…」




「そ、やろ…」




ーー…






「なあ…俺もあいつんこと愛してたんやで」




コート越しに熱い衝撃ーー…




俺は、背中から刺されーー…





「ーー…」




崩れ落ち



倒れ込んだ先





あいつが非常階段に消えていく背中が、90°回転して見えた







ああ、誰か




あの人を救ってーー…

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