陰翳の果実 最終楽章

傍観者の告白 ページ38

この会社を立ち上げたのは12年前、友人と二人で

紙媒体にいた俺たちは時代の流れに逆行するよりも先行しようと早々に見切りをつけ


最初は付き合いのあった作家のマネージメントとニュースサイトの運営

日進月歩というか千変万化というか

昨日勝ってた奴が今日には全てを失い
昨日負けていた奴が今日には天下を取る中


いつの間にやら志を共にしたかつての戦友とも袂を分かち


俺はまあ社長として、コンセプトを適宜変え続けながら、なんとか記事配信の小さな事務所を続けてきた

…ま、そんな話には誰も興味はない。



「ちょ、サカシター」


「はーい」


「一件化粧品のタイアップの仕事入ってんだけど行ける？ 来週水曜イベント、汐留」


「…いいですけど急ですね」


「ん…、まあ、宛にしてた奴が無理そうだから」



俺がちらりと視線を横のデスクにやったら、気付いたらそこそこ古株になっていたうちのエースは、気まずそうに少し笑った。



「…A、まだ出てこれなそうですか？」


「んー、まあ在宅でやれる記事は書いてくれてんだけどさ。もう現場復帰は無理なんじゃねーの」



「そ、ですか…理由は？」


「知らねー。採用もケアも連絡はタジマに任せてるもん」



「…このまま辞めちゃったりしないですよね」


「や、それは本人の問題だろ」



そういやこいつら割と仲良かったっけな

…昔は俺も辞めそうな奴 必死に説得したりしたもんだけど。



いちいちかかずらって神経すり減らしてたらやってらんねーと


20-30代女性向けのサイトは12月に続きこの2月が稼ぎ時でそれどころではない訳で

なんで冬ってこんな女が好きそうなイベントが多いんだろな


まあ、資本主義が仕掛けた虚構のお陰で自分たちも飯を食っている…



「…私髪型変えるのは好きだけど化粧品そんな興味ないんですよね」


「知らねーよ、勉強しろ」


「はいはい、じゃあその資料ください」



サカシタが雑に手を伸ばす

俺はその手にさっき出力したA4の書類を乗せる



「ーー…」



「…なんですか」



「や？ 化粧品好きじゃないっつー割になんかつけてんだなって」



「ああ、香水？」




“…クリスマスにAにもらったんですよね。まだそのお礼もできてないんですけど”




そう言って未練たらしくまたデスクを振り返るから


俺はたまには電話の一本でも入れておくかと思案した。

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