雨ニモマケズ【橙】 ページ39
「…ほんまに僕、Aちゃんのこと愛してるんよ」
「…うん」
「…僕にはAちゃんだけやから、どこにも行かんといて…」
「…うん」
暴力を振るった後、彼は決まって泣きじゃくりながら私を抱きしめ
「…ごめんな、痛かったやろ…」
「ううん、あ…、」
身体中の私の傷に口づけ、ひとつずつ、じっとりと舐めていく…
ヤスくんのつけた左腿の傷は、無数の傷の中に隠され
その度に、私はどこか赦されていくような感覚に陥るーー…
ああ、そうか私は今
あの時の失敗を償う機会を貰っているのかと
…お風呂に入って鏡で自分の裸を見て、
新しくできた傷や痣をそっと撫でる。
…傷口に滲みるお湯で身体を流す痛みがまた、贖罪のための儀式のような気がしていた。
「…明日っから僕、学校始まってまうねんけど…」
「おうちでご飯作って待ってるから」
「ほんま？ やったら頑張れるわあ」
…彼が心底嬉しそうにえくぼを携えて笑うから、私も嬉しい
こんなに求めてくれる人に応えることより、優先すべきことなんて何も無いはずだとーー…
彼が私を殴る
彼が私の首を絞める
傷がつき、意識が遠のきそうになる
彼が泣く、私を抱きしめる
苦痛の後には快楽が待っているから
私はその甘い蜜を待ちわびるようになる
世界が、とてもシンプルになっていく
深海の、更に奥底の泥の中にふたりで沈んでいく
たまにふたりで、手をつないで商店街へ買い物に出かける
少しの食べ物と、暮らしに必要な最低限の日用品を買う
彼がお店の人と話す その横で私は黙って微笑む
そんな時、賢治の雨ニモマケズを私は心の中で暗誦する
“欲はなく決して怒らず いつも静かに笑っている”
“一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ”
“あらゆることを 自分を勘定に入れずに”ーー…
ーー…
“そういうものに、私はなりたい”
…そういうものに、私はなりたかった
彼とふたりきり、自分の欲望やエゴはすべて捨てて
彼とふたりきり、倹しく生きていきたいと
そう、願うようにすべての扉を閉じて
そう、願うように暮らしていたのに。
「…ちょっと僕出かけてくるけど、誰か来ても出たらあかんよ？」
「ふふ、三匹のこぶたみたいだね」
私のすべてである彼を見送り、この小さな世界を守るように息を潜めていたのにーー…
「…A？ おるんやろ？ 俺やけど」
…堅く閉じた扉を、叩く音がした。
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たまご(プロフ) - しずくさん» しずく様、コメントありがとうございます、とても嬉しいです！なかなか狂った人たちばかりの中で、そんな風にきちんと感情が伝わっているのならとても安心しました…。お話は恐らく第5部くらいまで続くので、長くて恐縮ですが引き続きお楽しみ頂けますように…！ (2019年1月11日 4時) (
レス) id: 42d81ca1be (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - ボラリップさん» ボラリップさま、いつもありがとうございます！おっしゃっていただいた通り、正気に戻った大倉くんはしんどい展開になりましたね…。ようやく第3部完で、もう考えすぎて頭割れそうですが笑。引き続きよろしくお願いします！ (2019年1月11日 4時) (レス) id: 42d81ca1be (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - ブルームーンさん» ブルームーン様、いつもありがとうございます！「彼らがわたしを狂わせるのか、わたしが彼らを狂わせるのか」ですからね…笑。ようやく第3部完で、恐らく5部くらいまで行くと思うので…どうなるのか引き続きお付き合い頂けるとうれしいです！ (2019年1月11日 4時) (レス) id: 42d81ca1be (このIDを非表示/違反報告)
しずく(プロフ) - たまごさま。こちらの小説に出会い読み進めていくうちにストーリーにのめり込んでる自分がいます。話の進め方がとても素晴らしく興味深くて毎回続きを楽しみに読ませてもらっています。すべての登場人物に感情移入してしまい泣けてきます。今後どうなるのか楽しみです。 (2019年1月10日 19時) (レス) id: b1e2a66987 (このIDを非表示/違反報告)
ボラリップ(プロフ) - みんな苦しくて泣けてきちゃいました。だけど、こんな風に人を愛してみたくもなるような中毒性が強い物語に引き込まれています。この後正気に戻った大倉君がより苦しみそうで、切ない、、。いやぁ、たまごさん本当に凄いです。更新楽しみにしています！ (2019年1月10日 3時) (レス) id: c7f51b06db (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：たまご
| 作成日時：2018年11月19日 11時
