別れの挨拶【青】 ページ47
それから、他愛のないことを少しだけ話して。
あの日の出来事が幻だったみたいに、ヤスくんはやさしく、穏やかで、
買ってきたペットボトルの小さいお茶を飲み干したところで、煙草も吸わないまま あっさりと帰り支度を始める。
「ほんま今日はありがとう」
玄関で靴を履き、振り返った顔は、やっぱりいつもテレビで観ているのと同じ、柔らかいヤスくん。
拍子抜けするほどにあっという間で、まるで白昼夢のように、ふわふわと過ぎていった時間だった。
「Aちゃんの役に立ちたかったねんけどなぁ。水差しただけやったなぁ。
もう30も過ぎてんのに、いつまで経っても僕、うまくやれへんねん」
「僕？」
「うん？」
「今、僕って言ったでしょ。ヤスくん、私の前だとずっと『俺』だった気がするから、なんか違和感」
「そーやった？ …無自覚やったな、恥ずかしいわ」
そう言って照れたようにうつむくと、小さい声で、独り言のように
“Aちゃんの前だと、なんかかっこつけたくなるねんな”
とつぶやく。
「…もーちょっとだけ、かっこつけさせてもろてええ？」
顔を上げた時には、その表情にはもう、恥じらいの色は残されていなくて。
あのカラオケに行った日の最後のように、真っすぐにこちらを見据えた目が そこにあった。
「渋やん、今彼女おらんて。他にも女の子と会うてる気配ないし、ちゃんとぶつかってみたらええんとちゃうんかな。
…僕のこと、必要ないくらい、幸せになってよ。
僕のぶんまで…クラゲのリベンジ、したってよ」
あれ？ あんまかっこよくなかったな、そう言って笑ったヤスくんは、
ほな、元気で。
と、右手を差し出す。
つられて出した私の手は、そっと柔らかく握られ、
その温かい手から温度がうつる前に、静かに放された。
ヤスくんの口が声に出さずに「ばいばい」と動いたと思ったら、
なんの言葉を発することもできないままの私を取り残し、
あっさりと扉の向こうへと消えていく。
私は今更ながらにその時、ああ、本当にヤスくんは、今日が“最後”のつもりだったのかと気づいた。
それは、あまりにもさりげない別れの挨拶で。
あの日掴まれた手首の感触は、今もしっかりと覚えているのに。
さっき手のひらに感じた温度は、一瞬にして夜に溶けて消えてしまった。
私はその時 不思議なことに、今日のヤスくんとあの日のヤスくん、
どちらが幻だったのか、わからなくなっていた。
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たまご(プロフ) - ぐさん» ぐさま、嬉しいお言葉ありがとうございます！なんとか第2幕も開幕しましたので、続きも楽しんで頂けるように頑張ります^ ^ (2018年1月3日 12時) (
レス) id: 42d81ca1be (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - めちゃさん» めちゃさま、コメントありがとうございます！すばるくんのセリフ気に入って頂けるの、すごく嬉しいです…幽霊、いいですよね…w 引き続きよろしくお願いします^ ^ (2018年1月3日 12時) (レス) id: 42d81ca1be (このIDを非表示/違反報告)
ぐ(プロフ) - 初めまして。"既に投票済みです"となるのを分かっていても評価を押したくなるくらいこのお話が大好きです(*^◯^*)続きも楽しみにしています！ (2018年1月3日 1時) (レス) id: 378be249b3 (このIDを非表示/違反報告)
めちゃ(プロフ) - すばるくんのセリフの一言一言が全部好きです 私も幽霊になりたい (2018年1月2日 18時) (レス) id: 2487310cb4 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - なつきさん» なつき様、ごめんなさい！続編設定、今解除しました。続きは準備中なので、もう少々お待ちいただけるとうれしいです！ (2018年1月2日 17時) (レス) id: 30c6e5130b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：たまご
| 作成日時：2017年12月22日 3時
