そして、雪が降る【赤と青】

逃げ出した男【Side青】 ページ27

「Aちゃんにとって…それが渋やんのやさしいエピソードなん…？」

しまった、思わずどん引き、みたいなリアクションとってもーた。


初めてこの部屋に来た時、玄関に、やけに不気味な人形ぶらさがっとるな、
センスいい部屋やのに似つかわしくないな、と思ったのを覚えとる。


ずっと大事にしてきたんやな。

にしても渋やん、鬼畜すぎん…？



「え、やさしくない…？ そっかあ…

でもね、罪滅ぼしのつもりだったのかもしれないけど、

どこかの空港で、あの人形を見て彼が私を思い出してくれたの。

買うの恥ずかしかっただろうに、たぶんメンバーとかマネージャーさんとかに隠れて買って、ポケットに雑に突っ込んで、東京まで持って帰ってきてくれたの」




“そう思うだけで、信じられないくらい幸せだった”



そう語るAちゃんが、今まで見た中で、一番、かわいかったから。




だから、なんやわからんけど、今日はもうこれ以上、ここにおったらあかんて思って。



「あ、ごめん、俺もうそろそろ帰らな、明日早いねん」

「そっか、ごめんね、なんか喋りすぎちゃったね」


いつものように、最後に一服、換気扇の下で煙草を吸って、
青い灰皿に吸い殻を捨てて、

−−その灰皿を、棚の奥の奥に、
そっとしまった。



「ほな…また」

「うん…また。気をつけてね」



Aちゃんの口から「また」という言葉が出て、
それを背中で聞きながら、正体のわからないむずがゆさに、たまらん気持ちになって。



振り返らずに、靴ひもも結ばないまま逃げるようにして、部屋を出た。



ぶら下がってる人形のほうは、見ないようにしながら。

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