上昇するエレベーター【ヒヨリ】 ページ7
「…ほんっま申し訳ない」
「どうされました！？」
ちょっと酔った風の彼が、赤い顔をしてエントランスの外
ガラスの向こうでこちらに手を振っていることに気づいたのは
冬のはじめ、冷え込んだ夜のことだった。
24時間有人フロントと言っても もう遅いこの時間はほとんど用事を申し付けられることもないから、
私はひとり、呑気にロビーに置いたクリスマスツリーの飾り付けをしていたのだった。
キーを持って慌てて外へ出ると、“気づいてくれて助かったわあ”と
息を白くして困ったように笑う
「…鍵なくしてもうて…飲んでた店にも電話してみたんやけど、もう閉まっとるみたいで誰も出んくて」
「明日またご連絡してみましょう、とりあえずマスターキーお預かりしてるんで中に入ってください」
…どうやら失くし物のスペシャリストであるらしい彼は、
“ごめんなあ”と何度も謝りながら私の後を大人しくついてくる
バックヤードから彼の部屋のマスターキーをピックアップして、
恐縮する部屋の主と一緒にエレベーターに乗り込み、急いで32階のボタンを灯した。
「…あそこでツリーの飾り付けしとってくれてよかったあ…」
「たしかに、フロントからだと見えづらかったかもしれないですね」
“あーもー、ほんまあかんな俺”と
ぐるりと後ろの壁におでこをつけて反省会を始めた彼は
酔っているせいもあってか いつもよりちょっと、子どもみたいで…
…いつもはスマートで、
体温が、とても低そうで、大人で、おしゃれで近寄り難くて…
狭い箱の中、充満するお酒の匂い、
距離が近い…
…上昇するエレベーターとシンクロするように、
私の脈拍も少しずつ
上がっていくーー…
「…中にスペアの鍵はあるはずやねんけど…とりあえず明日店電話してみてなかったら、鍵変えてもらわなあかんかなあ」
…着かないで
どうか…
そう願っていたって、32階なんて、科学の力では一瞬で
「そうですね、お手数なんですがその際はご一報いただけると」
…そう言って顔では平静を装いながら
私と彼が並んで歩くことなんて
もう二度とないかもしれないって
一歩一歩を踏みしめたいのに、流れるように景色は後ろへ消えていく
…廊下の先、彼の部屋の前にあっさりとたどり着き、私が自分の職務を果たすべく鍵を開けると
彼は“ほんまにすみませんでした、ありがとうね”と言って、そのドアをそっと開いて
…一瞬だけ、彼の部屋の、匂いがした。
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ゆき姉(プロフ) - 年末年始と忙しくて気になっていたけど我慢してやっと、読めました！あここで名前が？って予想外だったので戸惑った笑ほんまのほんま、の感想は完結した時に。でもでもだけど。やっぱりたまごさんのかくeightが好きです。 (2021年1月7日 18時) (
レス) id: f0721a3442 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - はるさん» はるさん、コメントありがとうございます、とても嬉しいです。ちょうど「CHANCE」が出たころっぽかったのでそのイメージでしたが、マドモアゼルココもいいですね！引き続き見守っていただけると嬉しいです。 (2020年12月17日 3時) (レス) id: 0669d21b3c (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - 鳥肉なし、愛がたっぷりのオムライスがリアルっぽくて切な愛おしいです。シャネルの香水はマドモアゼルココが大好きなので、それをイメージしました。 (2020年12月15日 11時) (レス) id: c38ac67a9b (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - kukuさん» kukuさんコメントありがとうございます、嬉しいです！ほんと励まされます…！どうか引き続き楽しんでいただけますように！ (2020年12月7日 22時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - ぽてとさん» お返事ありがとうございました！ようやくご自身のお名前出てきたと思うので、どうか引き続きお楽しみいただけますように…！ (2020年12月7日 22時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：たまご
| 作成日時：2020年12月4日 16時
