地上32階の恋【黒】

俺の居場所【黒】 ページ37

…翌日は、朝からアイドル誌の撮影やった。


“ちゃんと病院行ってな、仕事終わったら連絡するから”


眠っていたAの肩揺らしてそう声をかけて、

寝不足のまんま そっとアパートを抜け出した。


全身は怠くて 頭ばかりやけに冴えて言葉がゴオゴオと渦巻いている


まだ薄暗い道、

しん、と張り詰めた冷たい空気が

歩いている俺の強張った身体を突き刺してくるみたいやった。


…


「横山くんおっそ。もうみんな着替え終わっとるでー？」


「一番だっさい衣装残したったわ」


「ーー…」


…あかん、


スタジオ入ったら途端に賑やかでえらいあったかくて、

なんも知らんメンバーの顔見たら不意に泣いてしまいそうになるーー…


ヤスがふわふわ笑いながらメイクさんに犬の話をしとって

隅っこでストレッチしとるヒナが、朝早い割りにどうやら今日は機嫌のいいすばるが…


当たり前んなった景色の中に、俺の居場所があったーー…




「じゃあ好きな女の子のタイプは？」

「スギタさん、この質問何回目やねん、俺ら飽きたわ」


「いいからもう、バレンタイン特集号なんだから協力してよ」

「こないだもクリスマス特集やからっておんなじこと聞かれたで」


…見知ったライター、いつもの取材現場

…こんな時、ほんまは俺が先陣きって話さなまとまらへんのに。


「…ちょっと横山くん、なんかないの？」


「ん…」


「…ヨコは年上のえっろい女やろ」


…ぼそっと隣で呟いたすばるに突っ込む余裕すらそん時の俺にはなくて

何を聞かれても、


昨日のAの泣き顔が頭を回るーー…



「…どした？ 体調悪いん横山くん？」


「や…平気やで、スギタさん、なんか他の質問ないん？ そうそう好きな女のタイプなんて変わらんよ」


「えー、じゃあ叶えてあげたい女の子の夢、みたいなのは？」


「ーー…」


「俺らは今自分の夢叶えるんで精一杯やで」

「ははは、言えとるわ、そんな金もあらへんしな」



“…侯隆がめちゃくちゃ売れてね、一緒に、高層マンションで暮らすの”



“…俺の夢は、お前らと天下とることやーー…”




ーー…



…俺はその日結局何を答えて、どんな笑顔で写真を撮られたんやろう。


もう誰も覚えてへんような、ありふれた、アイドル雑誌の片隅のページ。



…あの日の俺は


彼女の恋人としての最後の俺の写真は、


今も誰かん家の押入れん片隅に眠っているんやろうか。

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