明け方の夢１【黒】 ページ32
「…大阪？」
「…うん、戻らなあかんかもしれん」
あれは、同棲し始めて何年目やったろうか。
数少ない起死回生のチャンスに、食らいつかん言う選択肢はなかった。
「…向こうで色々仕事もらえそうで。通うんはちょっと厳しそうやねんな」
「…そっか」
「一緒に来てくれへん？」
「ーー…」
…俺にとって、Aと離れるんは考えられへんかったし
思い切ってそう、伝えてみたんやけど。
「…お母さん病気だから、ちょっと無理かなあ」
「…そっか」
…Aは数秒だけ考えて、
寂しそうに笑いながらそう言った。
ちょっと前からAがちょいちょい実家に帰っとったことは知っとったから、
無理強いは、できひんかった。
「ーー…でも、東京もしょっちゅう来るよね？」
「おん もちろんやで、そん時ここ泊まりに来れば宿代浮くしな」
…俺たちは早口で、
「うん、むしろたまに会うくらいの方がお互い飽きなくていいかもよ」
「おま…俺に飽きてたん？」
努めて明るく遠距離恋愛のメリットを指折り数え合う。
…ずっとべったり一緒におったから、大きな穴が空いてしまう気がして
「…また上京してくる時は俺が出世した時やから」
「ふふ、楽しみにしてる」
その見えない真っ暗な穴を、口数の多さで必死で埋めるみたいに。
引越しの日、俺たちは夜通し起きて、慣れ親しんだ狭いアパート
ずっと窓辺に寄り添い座って、手を繋いでいた。
静かな、夜やった。
「…夜、明けてきたね」
「ん…」
地上2階のアパートから、見上げた東の空に
明け方の月ーー…
「…ねえ、侯隆の夢ってなんだったの？」
「ん…？」
「…小さい頃の夢」
「…あんま具体的になかったんよなあ…漠然とヒーローになりたいいう願望はあったけど」
俺は団地で育ったガキん頃の思い出をぽつぽつと話す。
…きっともう同じ話 何度もしとったと思うけど。
Aは飽きもせず、“いつか私も行ってみたいな”と、
冷え込む窓辺で繋いだ手の指を撫でながら、楽しそうに聞いていた。
「なあ、ほんならさあ、Aの夢はなんなん？」
「ん…小さい頃の夢？」
「別に今の夢でもええよ」
尋ねると彼女は、一度目をつぶり、
まるでマッチ売りの少女が炎の中に、幻を見るみたいに。
「…侯隆がめちゃくちゃ売れてね」
「…うん」
「…一緒に、高層マンションで暮らすの」
…彼女はそう呟いて
幸せそうに、微笑んだ。
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ゆき姉(プロフ) - 年末年始と忙しくて気になっていたけど我慢してやっと、読めました！あここで名前が？って予想外だったので戸惑った笑ほんまのほんま、の感想は完結した時に。でもでもだけど。やっぱりたまごさんのかくeightが好きです。 (2021年1月7日 18時) (
レス) id: f0721a3442 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - はるさん» はるさん、コメントありがとうございます、とても嬉しいです。ちょうど「CHANCE」が出たころっぽかったのでそのイメージでしたが、マドモアゼルココもいいですね！引き続き見守っていただけると嬉しいです。 (2020年12月17日 3時) (レス) id: 0669d21b3c (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - 鳥肉なし、愛がたっぷりのオムライスがリアルっぽくて切な愛おしいです。シャネルの香水はマドモアゼルココが大好きなので、それをイメージしました。 (2020年12月15日 11時) (レス) id: c38ac67a9b (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - kukuさん» kukuさんコメントありがとうございます、嬉しいです！ほんと励まされます…！どうか引き続き楽しんでいただけますように！ (2020年12月7日 22時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - ぽてとさん» お返事ありがとうございました！ようやくご自身のお名前出てきたと思うので、どうか引き続きお楽しみいただけますように…！ (2020年12月7日 22時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：たまご
| 作成日時：2020年12月4日 16時
