特別な数字【ヒヨリ】 ページ4
「こういう仕事だから、著名人の方がお住まいなことも多いですが、
業務上で知り得た情報は決して漏らさないこと」
「はい」
「あと特別扱いもダメよ、他のお客様と平等に」
「はい」
…研修の際、そう口酸っぱく言われたのだけれど、
実際、初めて「彼」が目の前に立った時は、密かに息を呑んだ。
ただでさえ超がつくほどの高級マンション、
お住まいの方は皆さん各分野で成功された方ばかりだし
大学を出たての何も知らない一般人がお相手をするのはかなり気が引けて
でもそんな不安を気取られてはならぬと、肩肘を張っていた頃だった。
数百人いらっしゃるお客様のお名前と顔を一人でも多く覚えようと必死にメモを取りながら
先輩が休憩に入り一人でフロントに立っていた時、エレベーターが静かに1階に到着する音がした。
「…すみません、共用部の廊下の電球切れとるみたいで」
…気まずそうにそう声をかけた彼はやっぱりメガネにマスクをしていて
けれどその隙間から覗く肌は神々しいくらい真っ白だった。
マスクで隠しきれない美しい鼻の稜線
伏せた、
睫毛の長さーー…
「…こんなことおねーさんに頼んでも大丈夫ですかね」
「え、あ…当然です、失礼しました、何階でしょうか？」
時間の止まっていた私に遠慮がちに尋ねるから、跳ねたように居住まいを正した。
「あ、32階…」
「32階ですね、かしこまりました」
あとで戻ってきた先輩に伝えようと、手元のメモ帳に「32」と書いて
それをボールペンでぐるぐると囲む。
「…横山さん？」
「はい？ あ、そうです、横山…」
「俺とおんなじや…」
「え…？」
…制服についた真新しいネームプレート、英字で書かれたそれを見て彼はぽつりと、そう呟いた。
「ほんなら横山さん、お願いします、急ぎやないんで」
「あ…はい、承りました横山様」
そう言うと、彼はなんだか少しおかしそうに笑いながら、踵を返して去っていった。
“特別扱いもダメよ、他のお客様と平等に”
…相手は有名な人だから、
美しい人だから。
彼の去ったフロアはしん、と静かで。
同じ名前だから、
緊張していた私に笑いかけてくれた人だから。
…だからと言って決して特別扱いはしてはいけません。
“急ぎやないんで”
…でも、
頼まれたの、私だし…
私は手元のメモ帳に書いた「32」をボールペンでぐしゃぐしゃと塗りつぶし
倉庫に保管してあるはずの予備の電球を取りに走ったのだった。
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ゆき姉(プロフ) - 年末年始と忙しくて気になっていたけど我慢してやっと、読めました！あここで名前が？って予想外だったので戸惑った笑ほんまのほんま、の感想は完結した時に。でもでもだけど。やっぱりたまごさんのかくeightが好きです。 (2021年1月7日 18時) (
レス) id: f0721a3442 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - はるさん» はるさん、コメントありがとうございます、とても嬉しいです。ちょうど「CHANCE」が出たころっぽかったのでそのイメージでしたが、マドモアゼルココもいいですね！引き続き見守っていただけると嬉しいです。 (2020年12月17日 3時) (レス) id: 0669d21b3c (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - 鳥肉なし、愛がたっぷりのオムライスがリアルっぽくて切な愛おしいです。シャネルの香水はマドモアゼルココが大好きなので、それをイメージしました。 (2020年12月15日 11時) (レス) id: c38ac67a9b (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - kukuさん» kukuさんコメントありがとうございます、嬉しいです！ほんと励まされます…！どうか引き続き楽しんでいただけますように！ (2020年12月7日 22時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
たまご(プロフ) - ぽてとさん» お返事ありがとうございました！ようやくご自身のお名前出てきたと思うので、どうか引き続きお楽しみいただけますように…！ (2020年12月7日 22時) (レス) id: 8c4f156e76 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：たまご
| 作成日時：2020年12月4日 16時
