地上32階の恋【黒】

プロローグ２【ヒヨリ】 ページ2

…誤解、なんだけどな

私、盗んだりしないし


ずっと、それがなんだか悔しくて

でも、その日の夜にそれをお父さんにこっそり話したら、「お前は優しい子だな」と頭をぽんと、撫でてくれたのだった。



「…でも、おばあちゃんに盗んだと思われたんだよ」


「ゴミ箱に捨てられてたっておばあちゃんが知っちゃうよりマシだろ？」


「…うん」


「笑ってくれたならよかったじゃないか」


「…うん」


「ヒヨリはそのままでいてな」


…お父さんは私が大学の頃に亡くなってしまったのだけれど。



私のお節介癖を、肯定してくれたあの体験はいつしか私の背骨となり


この仕事を選んだのもきっと、そういうところに端を発していたのだと思う。




「ーー…」



自動ドアが開く

大理石のフロア、天井が高くて


前からツカツカと、控えめに靴の響く音がする



「お帰りなさいませ」


私は席から立ち上がり、帰宅した彼にそう声をかけ、お辞儀をする。


黒づくめの服、メガネにマスク…コートのポケットに両手。



「今日はお車じゃなかったんですね」


普段は地下の駐車場から直接上がることのほうが多いのに。


「ん、コンビニ行っとって…あ、クリーニング届いとる？」


「はい、ご用意しておりました」



ホテルとかでもよかったんだけど、

一期一会のお客様よりもこうして長い時間をかけて信頼関係を築いていくほうが、自分には向いているように思えたから。



「いつもありがとうね」


「いえ、お疲れ様でした、横山様」



地上34階建てのタワーマンション、そのフロントコンセルジュ。


それが、私の仕事だった。

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