きっと其の六十二 ページ12
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「は、」と声ともいえるか知れない掠れた音を発した彼女を更に強く抱き締める。
「辛かったな…ずっと独りで。苦しかったよな。……お前は、よく頑張ったよ」
そう云って優しく頭を撫でると、
女王の中に飛び込んだ時、たくさんの映像が頭の中に流れ込んできた。あれは恐らく、Aの記憶だ。
身体の弱い母親とのふたり暮らし。Aはたくさん我慢して生きていた。
周囲からの心無い言動に傷付いても、母親の前では『大丈夫』しか云わなかった。
此奴はずっと、我慢して生きてきたんだ。
母親が死んだ悲しみさえも無意識に心の奥に閉じ込めて、我慢してしまうほどに。
「幹部、私の名前、呼んでください」
「A」
「……もう、1回」
「A。何度だって呼んでやるから、A」
誕生日もクリスマスも、Aにプレゼントはなかった。その代わりに、母はいつもより少し豪華な食事を頑張って用意してくれた。だが、それらは腹に入れれば消えてしまうものだった。
そんな母が唯一遺してくれた、自分が自分である証。
私に大切な母がいた証。
この世に生まれて一番初めに貰う
気づけばもう黒い靄は晴れていて、玉座の下を見てみると綺麗に駒が整列している。
「……で、この場合どうすりゃこの世界から抜け出せンだ?」
「あ……もう一度、鏡……あっ!!!」
自分がどういう状況にあったかを冷静に理解したAの顔が真っ赤になる。慌てて離れようとするAを逃さないように、中原は彼女をもう一度しっかり抱き締める。
「夢が覚めるまで、このままで居させてくれ」
「これだと鏡が取り出せません……」
「それでもいいかもな。このままこの世界に2人きりで居るか?」
「きっと色んな人に怒られますよ。尾崎幹部とか」
それは勘弁だと弱ったように云って、彼はAを離した。
Aは懐から取り出した鏡を今度は激しく揺すぶる。するといつの間にか、其処はAにとって見慣れた自宅のリビングに変わった。
異能と判っていても不思議な体験に目を丸くしている中原にAは云った。
「ありがとうございました、中也さん」
「ッお前…」
「……ごめんなさい!つい、私の名前読んでくれたみたいに呼びたくなって……!!?」
云いきる前に、唇が塞がれた。
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ヤマダノオロチ(プロフ) - カンナさん» ちょっと……涙が出そうです……ありがとうございます。お待たせしました(> <) (2020年6月16日 19時) (レス) id: 20ed7c05bd (このIDを非表示/違反報告)
カンナ(プロフ) - 初コメ失礼します。更新楽しみにしていました。おかえりなさい(*´ω`*) (2020年6月16日 18時) (レス) id: 5ade983ea5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆのみ | 作成日時:2019年5月11日 13時