きっと其の三十八 ページ38
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___いつもの所で待ってる。
電話口から聞こえたあの声がまだ耳を熱くしていた。自分でも何でかわからない。
『いつもの所』といった2人にしか判らないような云い回しが何となく嬉しかったのかもしれない。
いつもの扉を押し開けると、チリンとベルが来訪を知らせる。その音に気付いたのか、カウンターの1番端から、彼は真っ直ぐ此方を見ていた。
「すみません、お待たせして」
「気にすんな。俺もさっき来たばっかだ」
彼はワインを、私はシャンパンを注文すると、店主は直ぐにグラスへ注いでくれた。
幹部が手に持ったグラスを此方へ少し傾けたので、私もそこへグラスを合わせる。
チン、と控えめに音が鳴った。
「……聞いたか、例の話」
「……はい」
「俺はお前さえよければ、それで全然いいと思ってる」
Aを見ると、グラスに視線を落としたままで、何と云ったらいいのか判らない様子だった。
今さっき首領から異動について聞かされた相手には少し酷な話だったかもしれないと反省する。
「首領が何故私に異動を考えるよう云ったのかは判ります。……いっそ命じていただければ楽だったのに」
「お前の意志を尊重したかったんだろ。別に
「決して厭ではないんですけど、何というか踏ん切りがつかなくて」
「……ま、ゆっくり考えりゃいいだろ」
突然、自分に異能の力が発現し、そのお陰で慣れ親しんだ場所から異動を考えろと突然云われたのだ。
此奴もだいぶ疲れてるンだろう。終始、辛そうな
何より、そんな顔させたくて誘ったわけじゃないのに。
無意識に手が伸びて、Aの髪をくしゃくしゃと乱した。
「何ですか急に」
「否…何か撫で回したくなった」
「何ですかそれ……」
フッ、と少しだけ、やっと笑った。
それを見て、俺の口も自然と綻ぶ。
「お前、明日も仕事か?」
「いえ、明日はお休み貰った…というか押し付けられました」
「休み押し付けられたとか云うなよ。羨ましいわ」
「あはは、お疲れ様です。幹部は明日もお仕事なんですよね?そろそろお開きにしましょうか」
「いや……あー、そうだな」
歯切れの悪い返事にAは首を傾げたが、特に追求はせず、今日は各々帰宅することにした。
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作者名:ヤマダノオロチ | 作成日時:2018年2月5日 0時