さくらこ’s 短編集 (ページ18)

今日:9 hit、昨日:0 hit、合計:12,659 hit

あと数センチ近づけたら＊3/25 ページ18

「せんせ、」

智「ん、おー、久しぶり」

少し開いたドアから声をかけたら、大野先生は振り返って笑った。

「入ってもいいですか」

智「どうぞ」

ガラッとドアを開けて中に入ると、美術室特有の匂いが身体中を包み込む。

前回来たのは冬休み前だから、ちょうど1カ月ほど前かな。

久しぶりのその場所は当たり前だけど何にも変わってなくて安心した。

窓際で、大きなキャンバスに向かって筆を動かしてる先生の後ろ姿も。

何も変わってない。

邪魔しないように静かに近づいて、そっと後ろから覗き込む。

何の絵だろ。

様々な色が散りばめられてる。

大野先生の絵はどれも独創的で、ほんとに才能のある人の絵だなっていつも思う。

私がまだ美術部員だった頃、先生はよく私の絵を褒めてくれたけど、やっぱり全然だよ。

すごいなぁ。

眺めてると、不意に先生の左手が視界に入った。

そのまま後頭部に回って、先生の完全には整えられてない髪がさらにわしゃっと乱れる。

ふふ、可愛い…

窓から差し込む光に照らされて茶色く輝く髪。

触れたいけど触れられない。

私は胸元で両手をぎゅっと握りしめた。

高校生になってすぐ、絵が好きな私は迷わず美術部に入った。

そこで大野先生に出会い、恋を知らない私は先生のことを好きになった。

高3になって引退したあとは中々大野先生に会えなくて、受験勉強が手につかなくて。

ただ会いたい一心で美術室を訪れた私を、「おー久しぶり」っていつもの笑顔で迎えてくれた。

それから、受験勉強に疲れた時に美術室に行くようになり、大野先生の絵を描く姿を眺めたり、たわいもない話をしたりして、気分転換という名の幸せな時間を過ごしていた。