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すると急に会場が暗くなった。
大きなスクリーンに映し出された彼らに、ライブが始まることを告げる歓声。
ぱっとライトがついたかと思うと、ステージの上にアイドルの彼がいた。
曲もまともに聞いていなかったから曲名も分からなくて、だけど爆音で流れてくる音楽が心地よくて、身を委ねてしまいそう。
楽しかった。
周りの人たちもすごく、楽しそうだった。
ステージの上で輝く彼も生き生きしていて、楽しそうで、しあわせそうだった。
そんな彼の姿を目の当たりにすると、どこからともなくやってきた不安と焦燥感、喪失感に駆られる。
なんで涙が出てくるんだろう。
なんで彼はアイドルになったんだろう。
なんで彼の夢はアイドルじゃなきゃだめだったんだろう。
『…どうしよう、ほんと』
おねがい、とまって、なみだ。
じゃないと彼が来ちゃうでしょ。
だって、彼は私の涙には誰よりもめざとかったから。
『大丈夫ですか?』
『大丈夫、平気。』
くしくしと目をこすって、涙をふいて。
そんなとき、彼がマイクを通して言葉を紡ぎ始めた。
『次は僕たちが作詞作曲したOrangeという曲です。聞いてください。』
曲が流れ始めて、みんなの綺麗な声で歌を繋いでゆく。
感情を込めて歌う彼らに感動して、なんだか昔を思い出して懐かしくなった。
リズムとかそういうのじゃなくて、歌詞が私と彼の昔を思い出させるの。
私のための歌、なんて勘違いしたくなくて。
だけど目の前に来た彼が私の目を見て愛おしそうに歌うから。
勘違いでもいい…ううん、勘違いさせて。
私のための歌だと。
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作者名:山桃 | 作成日時:2024年1月12日 16時