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過去の話し　１ページ38

時は遡り…………

伊野尾は普通の大学生だった。

ごく普通の家庭に生まれ、両親と妹の４人家族。

大学生になっても朝は母親に起こされ、妹に「いつまで寝てんの？子どもか？」と嫌味を言われ「うるせぇ」と目を擦って寝癖だらけの伊野尾がリビングに入れば、スーツの姿の父が出勤する。

大学が終わればバイトをして帰って…………また朝で………

時には合コンだって友達と旅行だって楽しいこともたくさんあった。

きっとこのまま大学卒業したら就職して結婚なんかしちゃって、子どももできたら……。

なんてさ、こんな日々が当たり前にこれからも続くと思っていんだ。

伊野尾がしていたバイトは大手ドラッグストアのレジ打ち等々。

そのドラッグストアは伊野尾が大学に入学してすぐの頃にニューオープンだったので、オープンスタッフとしてバイトを始めた。

家からちょっと距離はあるけど、大学から近くて講義が終わったらすぐにバイトに入れる。

そしてちょうどその頃、当時よく聴いていたバンドのボーカルに憧れて髪型をマッシュルームカットに思いきってしてみた。

これが以外とまわりから好評で、「可愛い」だの「美人」だの言ってもらえることが増えた。

始めは嬉しかったが、「可愛い」と言われるのは男として気恥ずかしさもあったし、何より元々華奢な体型も相まって女性に間違われることが増えた。

好評だけど、次は髪型を変えようと考えていた矢先だった。

製薬会社の５０歳近くの結構なお偉いさんとの出会いだ。

きっかけは併設の薬局に視察？よくわからないけど仕事で来ていた時だと思う。

伊野尾が商品チェックしている近くで、その人が携帯を胸ポケットから出そうとしたときにライターが落ちた。

それを伊野尾が拾って

伊野尾「落としましたよ？」

って手渡したのがファーストコンタクト。

その人は「ありがとう。」と、優しい落ち着いた笑みでライターを受けった。

仕立ての良い焦げ茶のスリーピースにお洒落な臙脂色(えんじ色)のネクタイ。

微かに香るセブンスター。

当時の伊野尾にとって、ものすごく格好良くて大人の男性として憧れる存在として映った。

その男性の名前は、「黒部川(くろべかわ)」といった。

黒部川は、よく伊野尾のバイト先のドラッグストアに顔を出すことが多かった。