炎と少女1 ページ32
No Side
『――なんで』
――熱い
『わたし……』
――黒い
『……わたし、なんで――』
――赤い
『――なんでこんなところにいるの……』
――熱い
――熱い
――熱い
視界が赤と黒に染まっている。
轟々と黒煙を吹く“それ”に、Aは自分の精神状態が普通でなくなるのを感じていた。
苦しい。
息ができない。
怖い。
熱い。
熱い。
遠くの方で、何かが崩れ落ちる音がした。
立て続けに起こる音は、だんだんと近づいてきている。
Aは激しく上下する肩を震わせながら、もう何も見たくないと言うように目を瞑った。
「ここ……がい……ぞ……！」
「あん……ろ、も……ぶだ……な……！」
辛うじて人の声だと分かる音がして、Aはビクッと身体を震わせた。
大勢の男の声。
嫌でも、忘れたくても思い出す。
脳裏に深々と刻まれた、あの炎と痛み――
『やだ……ッ！！』
息をするのもやっとな喉で、必死に出した抵抗の意思。
それは、周りの炎に吸収される。
その瞬間、何かが外れる音がした。
一瞬で周りの音が静まり返る。
しん、という音が聞こえたような気がして、Aは恐る恐る目を開けた。
辺りに“赤”は見えなくて、その代わり、すべてのものやすべての音を飲み込むような氷が視界いっぱいに広がっていた。
さっきまでの熱さは、ほんの少しだって感じない。
腹の底から凍るような冷気が、世界を飲み込んでいた。
Aは、それが何故か心地良かった。
力の入らない脚を踏ん張り、崩れ落ちたであろう瓦礫の隙間から外へ出る。
――その光景に、Aは白い息を吐き出した。
『……なに、これ』
これは、街だったのだろうか。
大きな道を挟んで立ち並ぶ建物はいくつも壊され、その至る所に屈強な男たちがいた。
しかし、そのすべてが時間を切り取ったように凍りついていて、焦ったり驚いたりする表情すらしていない。
Aは呆然として立ち尽くした。
何一つ、わけが分からない。
そのとき、身体の体温が地に接する足から吸われていくような感覚を覚え、力なく倒れ込んだ。
意識が落ちていく。
それと同時に、ぼやけ始めた視界の氷がすうっと消えていき、男達に時間が戻る。
「――なんなんだ、これは」
瞬きをしたら世界が終わっていたという光景を見たかのように唖然と、誰かが溢した。
それが耳に入るのと同時に、Aの意識は闇に飲まれていった。
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作者名：月木あや | 作成日時：2023年7月19日 12時
