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「……それに」
ぼそ、というようにつぶやいた爆豪。
普段では考えられないほど優しく、そして静かな声だった。
「……ふらっと現れたみてぇに、ふらっと消える可能性もあんだろ」
「…………あ」
そうだ、と焦凍と緑谷は思った。
考えたこともなかった――というのは正しくはない。
考えないようにしていた。
せっかく幸せな未来に来ることが出来たのに、辛い過去に戻るのはどれほどの絶望だろうか。
そう考えるだけで、焦凍は泣きたくなった。
Aは、昔と比べ物にならないくらい明るくなった。
この数ヶ月でたくさんの友達ができ、たくさんの愛情をもらって暮らしてきた。
少しだが我儘も言うようになったし、悪夢を見て魘されることも少なくなった。
焦凍はこのまま、幸せなまま成長してほしいと思っているし、これからもいろんなことを経験させてやりたいと思っている。
だからこそ、「もし過去に戻ってしまったら」なんて考えたくなかった。
考え込んでしまった焦凍に気を遣ったのか、爆豪ももう何も言わなかった。
Aがお風呂から上がってきたときも、焦凍はまだ頭が晴れなかった。
『しょうと、やっぱりわたしにヒーローになってほしいっておもってるの？』
寝る準備をして電気を消そうと思ったとき、Aがぽつりとつぶやいた。
焦凍は、悩んでいるのを気づかれていたことに今気づいた。
電気を消してAの横に寝転がり、焦凍は口を開いた。
「ヒーローは辛い仕事だ。ヒーローになる道のりも辛い。正直に言うと、俺はそんな辛い思いをしてほしくない」
『……うん』
「……でも、Aが本気で『ヒーローになりたい』って言うなら、俺は全力でそれをサポートする。つまり、Aのやりたいことをやってほしいんだ」
布団を掛けながらそう言うと、Aは小さい声で言った。
『でもわたし、なにになりたいかわかんないの……』
「そうだな……Aが好きなホットケーキ屋さんをやってもいいし、個性を活かしてシロクマさんのお世話をしてもいい」
『シロクマさんのおせわ』
「他にも、いっぱい出来ることはある。それに、今決めなくてもいいんだ」
『そうなの？』
「ああ。人生は長いからな。その中で決めればいい。焦って決めて、あんまり楽しくなかったらがっかりするだろ」
『……そうだね、ゆっくりきめる！』
そう笑ったAに、焦凍は「少し悩みは解消されたか」と少し嬉しくなった。
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作者名：月木あや | 作成日時：2023年7月19日 12時
