118.巡る、巡る ページ25
焦凍Side
ずっと待ちわびていた声が聞けて久しぶりに軽くなった心は、ほんの数十秒で打ち砕かれた。
俺は、このAを知っている。
この怯え方を知っている。
「……A、驚かせて悪かった」
『……いいよ。ここ、どこ？』
「病院だ」
『びょういん……？ わたし、びょうきなの？』
「……いや、ちょっと長く寝てただけだ」
俺が伸ばした手に少し身体を震わせたAだったが、出来るだけ優しくゆっくりと頭を撫でてやれば、ほっと息を吐き出した。
自分の今の状況も軽く把握出来たことで、少し警戒心も解けただろうか。
俺はAの小さな両手を握り、目を合わせた。
「A、ちょっと聞きたいんだが、いいか？」
『？ いいよ』
「最近どんなことがあったか覚えてるか？」
Aはきょとんとした後、思い出すように視線を動かした。
『えっと……おかあさんに……おゆ、かけられて……』
Aの手にぎゅうっと力が入り、肩が震える。
やっぱり、と心の中でつぶやいた。
Aの記憶が、あの日に戻っている。
雄英で過ごしたこと、俺との時間は、今のAには残っていない。
再会したあの日のAそのものになってしまっている。
正直なところ、だいぶショックを受けた。
少しずつ少しずつ築いた思い出も、やっと繋ぎ直せた家族との信頼関係も、全部が無くなってしまった。
その事実が、ジワジワと俺の心を削った。
けど、今一番不安なのはA本人だ。
大丈夫。
思い出も信頼関係も、また築き直せばいい。
また一つ一つなぞっていけばいい。
一度出来たんだ。
先が見えないわけじゃない。
そう思えば、目の前が真っ暗になるような感覚は少しも無かった。
「辛いことを思い出させたな。……少し話を聞いてくれるか」
『……？』
Aはまたきょとんとして頷いた。
俺は、再会してからの約2ヶ月をAに聞かせてやった。
A組の奴らにたくさん助けてもらったこと。
Aにも友達が出来たこと。
親父や姉さん、夏兄とたくさん話したこと。
俺がAのことを大好きなこと。
きっとAには物語のような話に聞こえただろう。
けれど。
――お前には、たくさんの味方がいる。
――ひとりじゃない。
そう言うように、俺はまたAの頭を撫でた。
そのとき。
『……あ』
ふと、Aが小さく声を漏らした。
続く
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作者名：月木あや | 作成日時：2024年2月3日 17時
