116.現実は何よりも重く ページ23
焦凍Side
「――おはよう、A」
朝7時。
いつものように、俺はAの頭を撫でた。
Aが目を覚まさなくなってから、今日でちょうど2ヶ月。
あの日、馬鹿な俺は何も心配せずにAの隣で眠りについた。
朝、Aは目を覚まさなかった。
ただ、俺はどこか安心していた。
これまでだって、半日もすれば目を覚ましていたから。
きっと午後には目を覚ます。
――Aは眠ったままだった。
きっと夜には目を覚ます。
――Aは眠ったままだった。
きっと明日には目を覚ます。
――Aは眠ったままだった。
きっと明後日は、きっと明々後日は、きっと、きっと、きっと―――
あのときの俺は、受け入れる準備が何一つ出来ていなかった。
後から相澤先生に聞いた話だが、俺は一睡もせず受け答えもはっきりせず涙も流さず、そんな空っぽの人形のようだったらしい。
と言うのも、俺はその状態の期間の記憶がほとんどない。
本当に空っぽだったんだろう。
1週間が経ってやっと現実を直視出来た俺の前には、病院の個室で点滴や機械に囲まれ、真っ白のベッドで目を閉じたAがいた。
その場で泣き崩れた俺を、同じように涙を流した姉さんと夏兄が抱き締めてくれた。
空っぽな人形が心を取り戻したとき、その感情の波にまた壊れそうになるなんて知りもしなかった。
なんでこんなことになったんだとか、一番側にいたくせに何をやっていたんだとか、頭の中で絶え間なく自分を責め続けた。
ボロボロの状態で寮に戻ることすら出来なくて、その日は家に泊まった。
しばらく登校も難しく、学校側からも休学の提案をされたほどだった。
いろんな人のサポートを受け、眠ったままのAが日常の1つとして受け入れられるようになったのは、更に1週間以上経った後だった。
通常、病院の面会は午後からしか出来ない。
しかし、学校が終わってからでは面会時間に間に合わないことやAの状態があまりに異常なこともあり、特別に早朝の面会を許可されている。
今では、Aの顔を見てから登校するのが日課となっている。
「昨日、いいメレンゲの立て方を見つけたんだ。それでホットケーキを焼いてみたら、いつもより少しふわふわしてた。Aはふわふわの方が好きだったよな」
―――なあ、俺、ホットケーキ作るの上手くなったんだ。
―――起きたら、食べさせてやろうと思って。
―――だからさ、早く「おはよう」って言わせてくれ。
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作者名：月木あや | 作成日時：2024年2月3日 17時
