111.異変 ページ18
部屋に戻りそろそろ布団を敷こうかと思ったその時、異変は訪れた。
辞書を捲っていたAの手が止まっていて、明らかに大きい呼吸音を発している。
「A」
声を掛けるが、返答はない。
首を傾げてAの隣に膝をついた。
その時、やっと俺はAの異変に気がついた。
真っ青な顔、胸を抑える小さな手、そして苦しそうな呼吸。
Aは虚ろな目を俺に向けた。
『……しょうと、なんか、へん……』
あまりにも苦しそうで、俺は一瞬パニックになりかけた。
Aの目には今にも溢れそうな涙が溜まっていて、Aも混乱していることがはっきりとわかる。
そうだ、俺がパニックになっている場合じゃねぇ。
俺はすぐAの額に手を当て、熱がないことを確かめた。
「どこか痛いのか？」
『っ……むね、いたい……』
ぎゅうぅっとパジャマを握りしめるA。
あまりに強く握りしめるから、指が白くなっている。
「すぐに布団敷くから、横になれるか？」
こくこくと頷いたのを確認し、俺は急いでAの布団を出した。
身体を引きずるように布団に入ったAは、未だ早い呼吸を繰り返している。
たまに『ゔっ……』と何かに耐えるような反応をするのを見て、俺はビニール袋を差し出した。
いつから体調が悪かったのだろうか。
少なくとも、部屋に戻るまでに違和感はなかったはずだ。
それなら、この短い時間で急激に体調が悪くなったのだろう。
俺自身は体調不良になることがほぼ無いため、いざというときの対処法がわからない。
ただ、嘔吐後は水分を摂らせなければ危ないことくらいは知っている。
だが、この状態のAから離れることはもっと恐ろしい。
俺はAから目を離さずに瀬呂に電話をかけた。
《え、轟どうした？》
「Aの具合が悪くて――」
《Aちゃんが？ わかった。ちょっと待ってろ、すぐ行く》
「あ、その時に水も持ってきてくれ。吐いちまったから、水分とらせてぇ」
咄嗟に瀬呂を選んだ理由は特にないが、前回Aが目を覚まさなくなったとき瀬呂が近くにいてくれたことが俺の中で大きかったんだろう。
他のやつを考えるより早く瀬呂に連絡をしていた。
実際、瀬呂は文句の1つも言わず来てくれた。
「吐いちゃったんなら、普通の水よりスポーツドリンクの方が良いぞ」
そう言いながらペットボトルを差し出した瀬呂に、きっとこれから先こいつには頭が上がらねぇな、なんて考えた。
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作者名：月木あや | 作成日時：2024年2月3日 17時
