110.失態 ページ17
焦凍Side
その日の風呂上がり。
共有スペースでトランプに夢中なAを見ながらスマホを開くと、通知が来ていた。
〈Aの好きな食べ物はなんだ〉
俺は思わず顔を歪めた。
送り主は、仕事中であろう親父。
「次会ったときに自分で聞けよ」と内心舌打ちをしながら画面を閉じようとしたとき、ピロンと軽快な音がした。
〈予定が空いている日はあるか。Aも連れて家に飯でも食べに来い〉
俺は更に顔を歪めた。
「なんでわざわざ体調も安定してないAを連れ出してお前と一緒に食事させなきゃいけねぇんだ……！」
「うおっ！？ 轟、顔どうした！」
「……なんでもねぇ」
相当嫌な顔をしていたらしい。
近くでテレビを見ていた切島にギョッとされ、俺は息を吐いた。
落ち着け。
俺がピリピリしていたら、鋭いAは心配する。
そういえば、親父は「既読をつけろ」としか言っていなかった。
つまり、「返信をしろ」とは言っていない。
もう既読はしているから、あいつの要求には応えてやったんだ。
そうだそうだ、と心の中で自分に賛成し、俺はスマホの画面を消した。
――ピロリン♪
〈既読スルーをするな〉
――ピロリン♪
〈冬美も会いたいと言っていた〉
――ピロリン♪
〈明後日はどうだ。学校が終わってからでも来るといい〉
――ピロリン♪
〈Aはパンケーキが好きなのか。蕎麦と一緒に準備しておく〉
――ピロリン♪
〈既読スルーをするな焦凍〉
ブチン、と堪忍袋の緒が切れた。
俺は無言で他の奴らから離れ、共有スペースの端まで行く。
そして、スマホを叩くように通話ボタンを押した。
《焦凍！ 電話をしてくるなんてめずら――》
「十秒おきにうるせぇ！ 無視してんのわかってるだろ！ 来てほしいなら姉さん経由で連絡して来い！！」
ツー、ツー、と無機質な音がスマホから流れる。
親父が答える隙も与えずに通話を切った俺は、「くそっ」と小さくつぶやいてスマホの電源を切った。
そこでやっと、しんとした周りに気がつく。
ソファの方に目を向けると、みんながポカンとして俺を見ていた。
「……わりぃ」
いたたまれない空気に、俺は目を逸らしながらつぶやいた。
「ど、どうした轟！」
「急に叫ぶからびっくりした〜！」
「Aちゃん固まっちゃってる！」
「空いた口にマシュマロ入れちゃお」
全部あいつのせいだ……と呪った夜だった。
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作者名：月木あや | 作成日時：2024年2月3日 17時
