【カリスマ】のんびり行こう 2 (ページ4)

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#54 きっかけ[正邪] ページ4

手元にある本のページをめくった時、これは夢だと分かった。それも懐かしい数年前の夢。
影が落ちる校舎裏、冷たい芝生に腰を下ろし校舎の壁に背を預け、手元の本に目を走らせる。俺は夏服を着ていた。この数年で忘れていた青い春の感覚がする。

「あ、伊藤くん居た」

がさりと音がした方に目線だけを向ければそこには同じように夏服を身にまとった少しあどけない顔のAが曲がり角から顔を覗かせていた。
もう少し見ていたかったのに夢の中の俺は視線を直ぐに本へ戻し返答すらもしない。そんな俺に構わず隣にやってきたAは「難しそうな本」とのんびりとした口調だった。

「…何の用」
「先生が授業サボるなって言ってた」
「で？」
「連れて来いって、クラス委員のわたしに」
「ふーん」

教師の命令でやってきたらしいクラス委員だったが、それ以上強制するわけでもなくストンと隣に腰を下ろす。

「…なんで隣に座るわけ」
「今戻っても連れて帰ってこなかったこと怒られるし、それに、」
「それに？」
「いつもサボってる伊藤くんが何して楽しんでるのか気になる」
「…は」

なりたくてなった訳では無いクラス委員らしくAはそれ以上特に何か干渉するわけでもなく、俺の手の中の本を覗いたり空を仰ぎ見たりしていた。
どうやら俺を理由に自分も授業をサボるらしい。
一人の方が楽ではあったが、「俺自身」よりも「俺のやっている楽しいこと」に興味があるのか本当に干渉してこなかった。
いつもクラスの誰かしらと楽しそうに話し、愛想も良い彼女のあまりの関心の無さにいつも平坦な感情が動いたのを今でも覚えている。
この夢は、その時の感情の断片だ。

多分、恋はその時に始まっていた。