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きみの名残、あるいは。 ページ3


 五ヶ月。そう、五ヶ月だ。最近なんとなく食欲がないから、ああまた夏が来たんだなあと思う。なにか楽に食べられるものはないかと棚を漁っていて見つけた塩飴を口に放り込み、文机の前に座った。机の上のカレンダーには八月とある。太陽の化身のような男が隣にいないのに毎日がうだるように暑いのは、なんだかおかしな心地だ。

 いや、違うな。隣にいないという言い方は正しくない、私が逃げているだけだ。口の中の飴が記憶にあるより塩辛くて、私は顔をしかめた。
 今まで忙しかったのは事実だ。あちらはあちらでトライアウトを受けるのだと月島が言っていたから、毎日忙しくしているのだろう。プロチームの事情とか、詳しくないけれど。多分、絶対、そうだ。呼吸するみたいにバレーをする人だったから。でも、そんなもの言い訳の域を出ない。

 小さくなった飴を噛み砕いて、畳に四肢を投げ出した。い草の匂いが鼻孔を満たしていく。知らず、深く息を吸い込んだ。暫くぼうっと天井を眺めていると、次第にまぶたが重くなってくる。重力に抵抗する気力はなくて、私はすぐに眠りに落ちた。

 懐かしい夢を見た。夢だとすぐに分かってしまうことが悲しかった。だって、今の私たちは高校生じゃないし、部活終わりに二人で帰ったりできないし、極めつけに付き合っているかどうかも微妙なところだ。どうやら、私は記憶を追体験しているらしかった。
 その夢はなんだか一風変わっていた。私の声も、風の音もはっきり聞こえるのに、日向の声だけが聞こえないのだ。だから私は彼の唇の動きを必死で追って、同時に記憶をまさぐった。

「ブラジルに行くんだ」

 ――ああ、はっきり覚えてる。忘れられるわけない。彼がそんなことを言ったのは、確か部活を引退した直後だった。
 一度記憶の栓が抜けてしまえば、次々と彼の言葉たちが蘇ってくる。私はもう、日向の唇の動きを追っていなかった。ただ、悲壮感に満ちた気持ちで次の言葉を待っていた。

「あっちには一年いるつもり。ビーチで修行する。ぜんぶぜんぶ、上手くなりたいんだ」

 その時の日向の表情を、私は未だにうまく形容できない。緊張しているような、はにかんでいるかのような、毅然としているような。全てに当てはまっていたのかもしれないし、あるいはどれにも当てはまっていなかったのかもしれない。ただ、申し訳程度の街灯の灯りに照らされて、一種異様な雰囲気をまとっていたことだけが確かだ。

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さかき(プロフ) - 莉葵さん» ありがとうございます!次の作品もぜひ読んでやってください〜 (2020年5月31日 12時) (レス) id: 8b909e2b91 (このIDを非表示/違反報告)
莉葵 - 追記.応援してます!新作できたら、教えてくださいね(^^)日向愛が溢れちゃってます汗 (2020年5月30日 12時) (レス) id: 5b76c35070 (このIDを非表示/違反報告)
莉葵 - すごく良いお話でした!感動しました!日向を見る目が少し変わった気がします笑 (2020年5月30日 12時) (レス) id: 5b76c35070 (このIDを非表示/違反報告)
さかき(プロフ) - Ria*さん» 励みになります、ありがとうございます!日向いいですよね… (2020年5月29日 22時) (レス) id: 8b909e2b91 (このIDを非表示/違反報告)
さかき(プロフ) - 依さん» 依さんありがとうございますめちゃくちゃ嬉しいです!こちらこそまた読んでやってくださいな!! (2020年5月29日 22時) (レス) id: 8b909e2b91 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:さかき | 作成日時:2020年5月29日 16時

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