神威【しののめ】 ページ2
春。この世界を彼はそう呼んだ。
見渡す限り地面はポピーで埋め尽くされ、年中気候は温暖。足を踏み入れた途端太陽の匂いに包まれるこの星は、私が物心ついたころからずっとこんな様子なのだ。
中央部にずっりしと腰を下ろした大樹が、星全体を見守るようにして生えている。私はその木の下で来る日も来る日も静かな夜を明かし、朝目覚めては森へ出かけて木の実を食べた。
この星には、私以外誰も住んではいない。
けれどある日。
転寝をする私の肩を誰かが優しくたたいた。
「ちょっと、きみ。」
不思議と恐怖や驚きはなかった。薄ら目を開けてただ淡々と目の前の男の子の存在を受け入れる。数秒反応に遅れながらも、久しぶりに人型の生き物を見たなぁと考えながら返事をした。
「なんでしょうか。」
「俺さっきこの星に来たばっかりなんだけどさ。ここ花しかないから困ってるんだよね。」
「それ以外に、何が必要なんですか?」
「えっそりゃ...通信機か船を直す設備と、食料と水とか?」
「水と少しの食べ物ならご用意できますよ。」
ついてきてください、とだけ言って森の方へと歩き出す。後ろを振り返ると船が墜落したと言いながらも無邪気な笑みを浮かべる男の子は、興味津々といった目で私を見つめていた。
「君さ、ずっとここに居るわけ?」
「そうです。」
「一人で?」
「他に誰も、いませんから。」
「へぇ。」
少しトーンのさがった、最後の一言。ぽつりとそれだけ相槌を打つと、それ以上の質問はしてこない。
どうにも妙な雰囲気を持った男の子だと思った。
「これなんてどうでしょう。甘いですよ。」
裸足で土を踏みしめながら、森の中を散策する。完熟した赤い果実を摘んで彼に差し出せば、警戒もせずぱくりっと口に含んだ。
「んっ!美味しいねこれ。地球でもこんなの食べたことないよ。」
「...そうですか。」
ちきゅう、とは何かの固有名詞だろうか。
疑問に思っているとそれを見越したかのように男の子が口を開く。
「地球っていうのはさ、このもっとずっと先に在る青い星で。面白い奴らと美味しい物がいっぱいある星なんだよ。君も暇なら一度行ってみると良い。」
「素敵、ですね。」
お礼のつもりか、男の子はその地球とやらの話をいくつもしてくれた。私が聞きたそうな顔をしていたからかもしれない。
一つ、二つ、三つ。どんどん果実は彼の胃袋に収まっていく。
私が彼の話に惚れこむのに、そう時間はかからなかった。
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あくび少女 - こんな綺麗な物語、いつか私も書きたいです。 (2019年7月20日 22時) (レス) id: 1b61770dea (このIDを非表示/違反報告)
きなこ(プロフ) - 今までどの作者さんも好きでよく拝見させていただいてました。今では、憧れから自分の小説を書いているのですが、皆さんの素晴らしさを身に染みて感じました。(宣伝みたいですね……ごめんなさい。)これからも沢山の作品を楽しみにしています! (2018年2月6日 22時) (レス) id: 6b9c59579e (このIDを非表示/違反報告)
うおーあいにー(プロフ) - 私が今まで見たことのない位の語彙力と素敵な言葉でできていました! (2017年12月9日 8時) (レス) id: 7ec2bdde97 (このIDを非表示/違反報告)
みぷ(プロフ) - 文章一つ一つが綺麗で、とっても素敵だなと思いました!表現や言葉にも意味が詰まっていてぜひ参考にしたいなと思う作品でした!次の企画があることを楽しみにしています! (2017年7月28日 18時) (レス) id: 941945c1ec (このIDを非表示/違反報告)
戦胡蝶(プロフ) - 本当に綺麗な言葉で綴られたお話ばかりで全部一気に読んじゃいました!素敵なお話ばかりで心がほっこりしてます!!素晴らしい作者様ばかりで私も見習わないとと意気込んでおります(笑)またこういう企画を行ってくださるのを楽しみにしてます! (2017年7月27日 13時) (レス) id: de5c5c0c62 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:しののめ x他4人 | 作者ホームページ:http://nanos.jp/aoikasou/
作成日時:2017年7月1日 1時