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視線を戻したら、濡れた瞳が揺れ、胸元を押さえた彼女の手は震えていた。
俺の顔を見てるのに揺れるAちゃんの視線は交わらない。
「……Aちゃん」
彼女の視界を覆うように近づいたまま、名前を呼んだら震えた声で俺の名前を呼ぶ。
「…うん。……大丈夫だよ」
大丈夫だよ、Aちゃん。
俺が、………俺がいるよ。
もう、俺の中に選択肢なんてものはなかった。一択だった。
震える冷え切った小さな手を取り、タクシーを止め乗り込む。
呆然としたAちゃんの手を掴んだまま、住所を伝えて走り出したタクシー。
俺の手の中の小さな手は一向に温度を取り戻さなくて、不安そうに震えたまま。
振り払うことも、握り返してくることもないその細い指を大丈夫だよ、と何度も握りしめた。
マンション前に緩やかにスピードを落として止まったタクシーから手を引いて降りたAちゃんはそのまま大人しく俺の部屋まで来た。
繋いだままだった手を離して、部屋のドアを開けた時にまた眉を下げて。
「…何もしないから、とりあえず上がって」
と告げたら困った顔をしたまま、後ろをついてくる。
帰せるわけなかった。こんな状況の中、ひとりになんてさせたくなかった。
……待っても帰ってこない、暗い、寂しい部屋にひとりで。きっと泣く彼女を放っておけるわけがなかった。
ソファに座らせて、ホットミルクを渡して、ちょっと待っててね、とスマホ片手に廊下へ出る。
『……もしもし？北斗？』
『うん、なに、どした？』
『わりぃ。…あのさ、ユウリちゃんの連絡先知ってる？』
『…ユウリちゃん？あー知ってるけど。……なんかあった？』
『…ちょっと、色々あって。悪いんだけど急用でさ、連絡先送ってもらえると助かる』
『…わかった、今送るわ』
『ん、サンキュ』
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作者名：なち
| 作成日時：2021年8月18日 20時
