検索窓
今日:13 hit、昨日:12 hit、合計:76,469 hit

ページ23




「A!」


わたしの名前が呼ばれる。
心臓が跳ねる。
改札の向こうに夜久がいる。
目が合った瞬間、いや、きっとわたしを見つけた瞬間、そのくりくりとした目を輝かせる夜久は制服。
わたしのために出番の終わったそれを引っ張り出してくれたのだ。
ふたりで制服に別れを告げるために。


「夜久、」


ひさしぶりだなんて言葉を交わすよりも先に、わたしは夜久の制服の袖を引っ張りながら歩き出した。
向かうのは、あの時、刻んだ思いを寄せて返す波に流した場所だ。

駅から出るとすぐに青々とした空が視界に広がる。空の青さに何もかも覆いつくされ、わたしたちの存在なんか一瞬で塗りつぶされてしまいそうだ。
いつも見る都会の狭い空がどことなく駆り立てていた不安が、昇華していく心地さえする。

時刻は午後二時ジャスト。後期指導のせいで、海に行って帰るだけのデートになってしまう。
それでも、わざわざ夜久がわたしとデートをしてくれるということが嬉しいからよかった。

昇り切った太陽が緩やかに傾きながら、やさしく光っている。


「……やっぱ寒かったかな」


夜久が手のひらを太陽に透かすようにして片目を細めた。
確かに海風は冷たいし、花も咲ききっているわけではない。
それでも胸いっぱいに空気を吸い込めば、かすかな春の匂いがする。


「ちょっと寒かったねって、それもまた思い出になるからいいよ」
「そうか」


歯を見せてニカッと笑った夜久は、わたしの手を取った。
どきっと弾む心音に、不安がくるりと期待に裏返る。

あの日こうして手を繋いだ指で淡くかけあった呪縛は、もういらない。
絡めた指に引っかかっているのは大いなる甘さと少しの酸っぱさ。それだけだ。


「ねえ夜久」
「ん?」


繋いだ手に力を込める。
わたしたちの繋がった影が視界の端に映るのを見ると、なんだか夢みたいに思えてしまったから。

夢なんかじゃないのに。指先から伝わるこの体温は本物なのに。


「……呼んだだけ」
「なんだそりゃ」


肩をすくめた夜久が、また歯を見せて笑った。


“なんで手繋いでくれるの、わたしのことすきなの”


──なんて、そんなことは聞けっこない。

・→←・



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (318 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
160人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

@でに(プロフ) - 恋すてふ制服 とてもおもしろかったです……きゅんきゅんしました! (2020年4月24日 17時) (レス) id: c5f18c8481 (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - 華ノ子さん» コメントありがとうございます。一年以上経ってしまいましたが、本日追加いたしましたのでご覧いただけたら嬉しいです。 (2020年4月23日 23時) (レス) id: b56c38f9b7 (このIDを非表示/違反報告)
ティラミルク(プロフ) - 何回読んでも大好きです。 (2019年10月28日 19時) (レス) id: 936ff86ce1 (このIDを非表示/違反報告)
花籠(プロフ) - めっちゃ面白かったです!!エモエモでした!短編なのに一本の愛がをみた気分になりました!お疲れ様です。 (2019年10月24日 18時) (レス) id: 270ba45bd9 (このIDを非表示/違反報告)
華ノ子(プロフ) - おもしろかったです。制服最後の日の物語はありますか…? (2019年1月17日 1時) (レス) id: ed7dadd27f (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名: | 作者ホームページ:https://twitter.com/pp__synd  
作成日時:2018年12月26日 12時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。