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「A!」
わたしの名前が呼ばれる。
心臓が跳ねる。
改札の向こうに夜久がいる。
目が合った瞬間、いや、きっとわたしを見つけた瞬間、そのくりくりとした目を輝かせる夜久は制服。
わたしのために出番の終わったそれを引っ張り出してくれたのだ。
ふたりで制服に別れを告げるために。
「夜久、」
ひさしぶりだなんて言葉を交わすよりも先に、わたしは夜久の制服の袖を引っ張りながら歩き出した。
向かうのは、あの時、刻んだ思いを寄せて返す波に流した場所だ。
駅から出るとすぐに青々とした空が視界に広がる。空の青さに何もかも覆いつくされ、わたしたちの存在なんか一瞬で塗りつぶされてしまいそうだ。
いつも見る都会の狭い空がどことなく駆り立てていた不安が、昇華していく心地さえする。
時刻は午後二時ジャスト。後期指導のせいで、海に行って帰るだけのデートになってしまう。
それでも、わざわざ夜久がわたしとデートをしてくれるということが嬉しいからよかった。
昇り切った太陽が緩やかに傾きながら、やさしく光っている。
「……やっぱ寒かったかな」
夜久が手のひらを太陽に透かすようにして片目を細めた。
確かに海風は冷たいし、花も咲ききっているわけではない。
それでも胸いっぱいに空気を吸い込めば、かすかな春の匂いがする。
「ちょっと寒かったねって、それもまた思い出になるからいいよ」
「そうか」
歯を見せてニカッと笑った夜久は、わたしの手を取った。
どきっと弾む心音に、不安がくるりと期待に裏返る。
あの日こうして手を繋いだ指で淡くかけあった呪縛は、もういらない。
絡めた指に引っかかっているのは大いなる甘さと少しの酸っぱさ。それだけだ。
「ねえ夜久」
「ん?」
繋いだ手に力を込める。
わたしたちの繋がった影が視界の端に映るのを見ると、なんだか夢みたいに思えてしまったから。
夢なんかじゃないのに。指先から伝わるこの体温は本物なのに。
「……呼んだだけ」
「なんだそりゃ」
肩をすくめた夜久が、また歯を見せて笑った。
“なんで手繋いでくれるの、わたしのことすきなの”
──なんて、そんなことは聞けっこない。
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@でに(プロフ) - 恋すてふ制服 とてもおもしろかったです……きゅんきゅんしました! (2020年4月24日 17時) (レス) id: c5f18c8481 (このIDを非表示/違反報告)
雛(プロフ) - 華ノ子さん» コメントありがとうございます。一年以上経ってしまいましたが、本日追加いたしましたのでご覧いただけたら嬉しいです。 (2020年4月23日 23時) (レス) id: b56c38f9b7 (このIDを非表示/違反報告)
ティラミルク(プロフ) - 何回読んでも大好きです。 (2019年10月28日 19時) (レス) id: 936ff86ce1 (このIDを非表示/違反報告)
花籠(プロフ) - めっちゃ面白かったです!!エモエモでした!短編なのに一本の愛がをみた気分になりました!お疲れ様です。 (2019年10月24日 18時) (レス) id: 270ba45bd9 (このIDを非表示/違反報告)
華ノ子(プロフ) - おもしろかったです。制服最後の日の物語はありますか…? (2019年1月17日 1時) (レス) id: ed7dadd27f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:雛 | 作者ホームページ:https://twitter.com/pp__synd
作成日時:2018年12月26日 12時