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「ねぇ腰抜かしてどうすんの。...ほら、」
地上を歩くよりも数段滑らかに足を運び、私の肩を抱き上げたその距離はとてもとても近い。空中で浮いてたのに見れば見るほど人間っぽいし。美形だし。
声と同じように上品な青色の髪の毛だって、ふわふわしてて触りたくなる。............じゃなくて、
「ちょ、」
立たせてもらった礼も言わずにバックステップを踏んだ。彼の体温はとても高いとは言えなかったのに、離れた瞬間に冬の冷たさが妙に肌に響く。
「誰ですか......てか、何の用ですか」
警戒心MAXで問うと、彼は「え。...俺って何なんだろ」なんて気の抜ける言葉を落とす。本人からしたら呟いただけなのだろうが、やかましくはないのによく通るその声は、私に伝達し警戒心を更に跳ね上げさせるには十分だった。
何なんだろって何なんだよ...。
「あーー、じゃあいいや。クリスマスだし、サンタで」
適当かよ。
不信感も不審感も増すばかりだ。最早カンストした警戒を存分に目線に乗っける私を意に介さないように、彼は私に近づいて躊躇なく右手を握った。「えっちょ、」動揺で途切れた声は完全に無視。
「ここ、抜けたいんだろ」
そう断言されて、――――――硬くなっていた肩の力が不意に抜けた。
抜けたい。...何、から?
別に苦痛じゃない。疲れるけどしんどくはない。忙しいけれど滅入りはしない。死にたいとかも、思わない。
ただ、――――――ちょっと、疲れすぎたかも。
やりたいことをやりたいようにやれない日々が増えた。忙しさは増していく中で感情の変化は希薄になっていった。
頑張りすぎた?そんなことはないけど。そんなこと言えるほど、頑張ってないけど。
いいかな、今日くらい。
我慢とか無理とか、そういう限界とかじゃなくても。
世界で一番、頑張ってるわけじゃなくても。
やりたいなって思ったこと、やっていいかな。
抵抗する力が抜けた。ひんやりとした、だけどどこかじんわりとした彼の手を、少しだけ強く握る。
浮いた。
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