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今日も、仕事の一環である
見回りに出ている旭。
蒼い空には、ちぎり紙の様な
毛羽立った小さい雲が、群れをなしている。
家屋の間を縫うように低く飛ぶ鳥に
大福を頬張りながら、雨の予感を覚始めた頃。
「旭ちゃんは、本当によく食べるね」
屋根と空の間を見つめていた視線が
縁台の端で揺らめく湯気に止まった。
そのまま視線を上げれば、休憩に立ち寄った
お茶屋の女将が、春の陽気の様な柔和な笑みを浮かべていた。
「はい。どうぞ」
『ありがとうごさいます』
「熱いから、気を付けてね」
『はい』
湯呑を右手で受け取れば、
じんわりと温かさが伝わってくる。
旭は、女将に「いただきます」と、
一言添えてから、象牙色の湯呑に口を付けた。
口の中で、心地よい渋みが広がる。
しかし、その中にある豊かな甘みに
湯呑を傾ける手が止まらなかった。
機械人形の様に、表情がない旭だが
この時ばかりは、目元が緩くなる。
お茶を飲んでいる時が
ご飯を食べている次に好きな時間だ。
紺炉様が淹れて下さるお茶も美味しいが
このお茶も負けず劣らず美味しい。
「美味しい?」
『はい…。とても、美味しいです』
「良かった。はい、これ。追加の大福ね」
「ゆっくり、してりってね」と、残して
店の奥へと消えていく背中から
街並みに視線を戻す旭。
屋根瓦の黒。鱗雲の白。夏草の緑。
風に連れる枝葉の様に
胸の当たりが騒ぎ始める。
コレが、回顧の念を催させられるという事なのだろうか。
15個目の大福を口に運びながら
そんな事を考えていた時。
一陣の風が、通りを吹き抜けた。
舞い上がった砂塵が顔にぶつかる。
まつ毛に砂塵が絡まって
靄の掛かった、ぼやけた世界で1つ息の吐く音だけがした。
嫌な、風だ。
舐めるような、ねっとりとした熱に
旭は立ち上がり、店に戻った女将を呼んだ。
『女将さん。お勘定をお願いします』
「あら?もういいの」
『はい。急ぎの用が出来ましたので』
「…そう」
『おつりは、後程頂きに参ります』
「えぇ、分かったわ」
『それと大福の方は……』
「ふふっ。安心して、大福も一緒に包んでおいてあげるから」
『…すみません』
「いいのよ。さぁ、今日も目一杯盛り上げてね」
『はい』
纏持ちが、旭の役目。
誰よりも先に、火事場へ行き
纏を振りたてて。消火活動の目印とする。
名誉ある仕事だ。
旭は、近くにあった纏立から1本掴み
女将に頭を下げてから、風上へと走った。
続く (更新停止中)
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作者名：たんぱく質 | 作成日時：2021年1月1日 23時
