【炎炎】喧嘩と煙草と堅物と (ページ2)

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ある日の浅草。
活気の溢れる通りを進む、少女が一人。

「旭ちゃん。旭ちゃん」

『はい?』

旭と呼ばれた少女は足を止め
自身の名が呼ばれた方に振り向く。
そこには、頭にお団子を作った
小柄で可愛らしい老女が、柔らかい笑みを浮かべ旭を見上げていた。

この方は、いつも大福を下さる方だ。
その時、春の日差しを受け
ふわりと白金の髪が深い光沢を放った。
そして、流れる前髪の隙間から
柳緑の瞳が顔を覗かせた。

旭は、胸に手を当て
如何なされましたか?と、膝をつき目線を合わせる。
宛ら、それは騎士の様だ。

「今日は、紅ちゃんと一緒じゃないのね」

『はい。若様は、半刻ほど前から、遊歩に出られていらっしゃいます』

「そう。まぁ、紅ちゃんは昔から、散歩好きだったものね。なら、旭ちゃん」

『はい?』

にこやかな笑みを湛えた顔を、真っ直ぐ見つめる旭。
そして、次の言葉を待った。

「大福、作ったの」

『っ‼』

「良かったら、持っててくれないかしら？」

この方の作る大福は、美味しい。
数ある旭の好物の中で、確実に上位に食い込むものの1つだ。
つい、口の端がむず痒くなる。

『よっ…、よろしいですか?』

「えぇ。みんなで食べてね」

『はい。ありがとうございます』

少し、声が上ずった気もするが、些細な事だ。
老女は、そんな旭にふふっ、と笑みを溢し去っていった。

大福が入っているであろう風呂敷を抱え、再び歩き出す。
しかし、その足は直ぐに止まってしまう。

「おっ。旭ちゃん！紅は一緒じゃねぇーのか?」

「紅に近々一緒に呑もうぜって伝えておいてくれよ。もちろん、旭ちゃんも一緒にな！」

「旭ちゃん!今日の魚は、活きが一段と良いよ」

「簪を、新しく若旦那に買って貰ったらどうだい!」

浅草の大通りを進むという事はこういう事だ。
歩いている時間よりも、止まっている時間の方が長い
再び歩き出した足は、名前を呼ばれる度に止まり中々前に進まないのだ。
今日も、詰所まで1時間以上かかってしまうな。
町民との会話の折、そんな事を考える旭であった。