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昼間の喧噪を忘れた夜の浅草。
縁側の柱にもたれ掛かり、独り月見酒に興じる葵。
聞こえるのは自分の呼吸音のみ。
それすら五月蠅く感じるほどに、静かな夜。
葵は杯の中の月を揺らし、酒を煽ろうとした時床が小さく鳴いた。


『おかえり』


と、真っ暗な廊下に声をかける。


「なんでまだ起きてんだ」

『いいじゃない。たまには』


暗闇から出てきたのは紅丸。
いつもの困り顔とは打って変わり、上機嫌である。


『それに、今まで飲んでた人には言われたくない』

「うるせぇ」


そう言い放って隣に腰掛ける若を横目に、杯を飲み干す葵。
まだ飲み足りない様子の紅丸は
自分も飲むと、もう1つの杯に手を伸ばす。
が、杯が逃げる。


「おい」

『ダメ。明日、大隊長会議なんでしょ?お兄から聞いた』

「あぁ?行かねぇよ、そんなもん。皇国の問題だ。俺たちには関係ねぇ」

『でも、招集かかってるんでしょ?行くだけ行けば?』

「嫌だ。ぜってー行かねぇ」


これ以上は聞く気も話す気もないと、そっぽを向く紅丸。
それを見て肩を落とした葵は、再び酒を煽り始める。
2人の間に沈黙が下りる。
しかし、それを破ったのは紅丸だった。


「お前ならそうするか」


俯いたまま話す紅丸。
月を見上げていた視線が一気に引き戻される。


『えっ…』

「お前が大隊長ならそうするのか」

『それは…』

「紺炉が大隊長なら何も言わなかったか」


葵は何か続けようとしたが、結局音になる事はなかった。
2人の間に静寂が重くのし掛かる。
息が苦しい。喉がひどく乾く。
酸素を求めるように、
今度は先に口を開いたのは葵だった。
ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。


『私は大隊長じゃないから、分からない。その状況になれば、そうするかもしれないし。そうしないかもしれない。決めるのは結局、その状況に置かれてる本人、紅が選ぶことだから。私は何も言わない。それが、お兄だったとしても。…でも』


「行ってくれたら、私は嬉しい」と、紅丸の額を軽く小突く。
離れ行く葵の指先が、紅丸の前髪をさらった。
その時、泣きそうな、苦しそうな表情を隠すように
困った顔で笑いかける葵の視線とぶつかる。


「もう、寝る」


葵の視線から逃れるように、勢いよく立ち上がる紅丸。
立ち去る背中に「おやすみ」と、だけ声を掛ける葵。
その声に振り向きはしなかった。
しかし、足を止め


「早く寝ろよ」


と、だけ残して紅丸は廊下の向こうに消えた。
葵は、杯の揺れる月を飲み干した。

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たんぱく質(プロフ) - なーちゃんさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけるだけで、励みになります。できるだけ早くお届けできるよう頑張っていきます。 (2020年6月3日 21時) (レス) id: aad2ad7f17 (このIDを非表示/違反報告)
なーちゃん - 紅丸大隊長、大好きなんです!書いてくれてありがとうございます!続き待ってます! (2020年6月2日 8時) (レス) id: 7840b2b58c (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:たんぱく質 | 作成日時:2020年5月24日 19時

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