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手当の済んだ紺炉と第8、紅丸を部屋に押し込んで
葵は1人廊下で深いため息を吐いた。
疲労の溜まった体で
先程割ってしまったグラスの始末に向かった。


2年前。
浅草で大火災があった事は、基地のテレビで知った。

その時、頭が真白になった。

テレビから流れてくるニュースが
雑踏がやけに遠くに聞こえていた。
その後の記憶は、所々抜け落ちていて
気づいたら襖の前だった。

あの時言いたいことがあった。
全部ぶちまけてやろうと思っていた。
でも、辛そうに横たわる兄の姿を目にしたら
頭がぐちゃぐちゃになった。

結局、口が勝手に別に言葉を吐き出した。


『男前が上がったね』


と、ヘナヘナとその場に崩れ落ちて、力なく笑った。

その後、基地に戻ってからは早かった。
直ぐに上官に退職届を提出し、後任まで用意した。
扱っている任務柄、直ぐにとはいかなかったが、
3か月後には軍から綺麗さっぱり足を洗った。

浅草に帰ってからは、お兄が発火能力を使わないように
使わせないように常に目を光らせていた。
危険から遠ざけ、代わりに渦中に身を投じた。
不穏分子は率先して狩って、泥を被ってきた。


それで、お兄を守っている気になっていた

でも、その気になっているだけで
実際、何も守れられなかった


先程の発火を使って苦しそうに咳き込む姿を思い出すと、
自然と手に力が入る。
ガラスの破片を拾う指に、血が滲む。
しかし、傷口から蒸気が上がり、傷が綺麗に塞がる。


こんな力があったところで…


傷跡1つない指先が憎い


お兄を傷つけた存在が許せない


お兄の判断が解せない





お兄に失わせたくないと思われている紅が嫌い




何もかもが忌まわしくて




何もかも、この手で壊してやりたい



黒い水面が大きく波立つ。
黒が水位を増して、葵の飲み込んでいく
自分をかきむしりたい衝動に駆られる。


憎いなら殺してしまえ


と、囁く声がする。


『それができたら、どれだけ楽か…』


誰もいない土間に零れる、独り言。
自分の炎で出来た煤をなぞる。


お兄はそんな事望まない
お兄の望まない事はしたくない


惚れたら負け


お兄が喜んでくれるなら

お兄が笑ってくれるのなら…



いくらでも




我慢できる




その道が修羅の道でも臆さず進んでいける



葵が瞼を閉じて息を吐けば、黒い波が引いていく。
行き場のない汚濁が静かに渦を巻いく。
歪に割れたグラスが、まるで自分のようだと笑った。

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たんぱく質(プロフ) - なーちゃんさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけるだけで、励みになります。できるだけ早くお届けできるよう頑張っていきます。 (2020年6月3日 21時) (レス) id: aad2ad7f17 (このIDを非表示/違反報告)
なーちゃん - 紅丸大隊長、大好きなんです!書いてくれてありがとうございます!続き待ってます! (2020年6月2日 8時) (レス) id: 7840b2b58c (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:たんぱく質 | 作成日時:2020年5月24日 19時

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